県 奈良
朱印番号 R02
寺 社 名 大和神社(おおやまとじんじゃ)
別称 etc  
所 在 地 奈良県天理市新泉町星山306
      
参 拝 日 R04.10.15
      
主な札所 神仏霊場巡拝の道 第20番
   
   
主 祭 神 日本大国魂大神、八千戈大神、御年大神
特記事項
 JR桜井線・長柄駅の南東へ1kmの所にあります。
拝観資料・由緒によると、うっ蒼とした43ヘクタ
ールにのぼる広大な神域の森の中に鎮座する社殿
は拝殿の奥に「本殿」が建っています。本殿は宮
中三殿式で、中央には日本大国魂大神、右に八千
戈大神、左に御年大神が祀られています。日本大
国魂大神は大地主大神で第五代孝昭天皇の年、宮
中内に天照大神と同殿共床で奉斎されましたが、
天照大神を皇女豊鋤入姫命に託して笠縫邑(現在
の桜井市の桧原神社)に移された時、皇女渟名城
入姫(ぬなきいりひめ)に勅して、市磯邑(大和郷)
に移されたのが当神社の創建です。以降、神武天
皇の功臣椎根津彦の子孫市磯長尾市を神主として
から、その子孫大倭氏が長く奉仕しました。近世
には同族の市磯氏が代々奉仕し明治に至りました。
上古より朝野の崇敬が篤く、神階は正一位に叙せ
られ、「延喜式」に大和坐大国魂神社三座とあり
ます。白河天皇の時に二十二社に列し、朝廷の奉
幣も絶えず、明治四年には官幣大社に列せられま
した。又、戦中は世界最大最強を誇る「戦艦大和」
の守護神として昭和十七年に特別神符遷座祭を執
行しました。その後、同艦の艦長以下乗組員も
度々当社を参拝しました。同艦は昭和二十年に鹿
児島県坊ノ岬沖にて撃沈され、その英霊である
第二艦隊司令長官の外2736柱と護衛艦の方々が境
内の祖霊社に合祀されています。参道が長く静寂
で歴史を感じます。又、一の鳥居から二の鳥居ま
でが270mと戦艦大和と同じ長さだそうです。
  
 

 

<大和神社> <摂社:高龗神社(たかおおかみ)>  
         

  

<拝観資料>      
         

 

一の鳥居     由 緒 板 

参  道     二の鳥居 


一の鳥居をくぐるとすぐ左に駐車場があります
参道は船艦大和の長さ270mとほぼ同じだそうです



増御子神社(摂社)     増御子神社(摂社) 

 

増御子神社の由緒板     忠 魂 碑 
 

 

大和神道御霊之社     朝和会館 

大和神道御霊之社の立札がありました。立ち入りにくそう
なので止めましたが、この奥にその建屋がありそうです。

 

手 水 舎     拝 殿 前 

 

  拝   殿     
 


本殿(左から)     本殿(右から) 

 

境内の木々      高龗神社 

境内には多くの木々がありますが、
一本一本に名称と説明がついています。
 

 

左から厳島神社・事代主神社・朝日神社       磐座と雨師 

 

社 務 所     授 与 所 

 

  展示室と土蔵  

見えにくいですが左側の木の
後ろに見えているプレハブの
建物が戦艦大和展示室です
展示室の中には
『戦艦大和』の設計に携わった人や他の人が作った[戦艦大和の模型]が3基と、[戦艦大和の精密画] 等がありました。

祖霊社由緒板      祖 霊 社 

ゆかりの説明板 ゆかりの碑
戦艦大和と大和神社のゆかりに関する事項が書かれています
時とともに風化しつつある中で その名を後世に長く継承する
ため、戦艦大和ゆかりの地に石碑を建立したものだそうです