県 大阪
朱印番号 Q27
寺 社 名 星田妙見宮(小松神社)
別称 etc  
所 在 地 大阪府交野市星田9-60-1
      
参 拝 日 R04.04.04
      
主な札所  
   
   
主 祭 神 天之御中主大神
特記事項  
  京阪交野線の私市駅から南西へ 2kmの所にあり
ます。近くには大阪市立大学付属植物園やほしだ
園地など大型の緑地があり、一連のハイキングコ
ースにもなっています。拝観資料の由緒、縁起に
よると、当宮は平安時代、嵯峨天皇の弘仁年間
(810~824)に弘法大師が交野へ来られた折、獅子
窟寺吉祥院の獅子の窟に入り、佛眼仏母尊の秘法
を唱えられると、天上より七曜の星(北斗七星)が
降り、3ヶ所に分かれて地上に落ちました。現在
もこの伝説は当地に残っており、星が地上に落ち
た場所として、一つは星田傍示川沿いの高岡山東
の星の森、もう一つが、この星田乾にある降星山
光林寺境内、そしてもう一つがこの当宮の御神体
であると伝わっています。後に弘法大師は当宮の
地に赴き、大師自ら「三光清岩正身の妙見」と称
され、「北辰妙見大悲菩薩独秀の霊岳」、「神仏
の宝宅諸天善神影向来会の名山」としてお祀りさ
れました。後世には淳和天皇、白河天皇、後醍醐
天皇を始め楠木正成、加藤清正以下、農民にいた
るまで崇敬を集めたと伝わっております。これら
の由緒は平安時代貞観17年(875)の『妙見山影向
石縁起』並びに江戸時代に書かれた当宮の縁起書
に記載されています。当宮を含む現在の交野市、
枚方市のあたり一帯は平安時代以前より羽衣伝承
・七夕伝承が伝わり、銀河に例えられた天野川が
流れています。そして星や七夕にゆかりがある地
名や場所が点在しています。
 
 

 

<拝観資料>
           

  

妙見河原の桜     妙見宮前 

妙見宮から北に天野川の支流になっている小さな川が流れていて、この河原沿いに多くの桜があり、絶好の花見場所となっています。、ここで昼食をすることにしました。

この赤い橋を渡ると、当宮の入口となる鳥居があります

駐 車 場     鳥居と社号標

参道左(鳥居左)には20台位は止められそうな駐車場があります
 
駐車場に車を止めこの鳥居から参道を進みます・

社号標と歌碑     由 緒 板

大伴家持の歌碑があります。
「織女し舟乗りすらしまそ鏡清き月夜に雲立ちわたる」
 

説 明 板     ○ 

七夕伝説・降星伝説の説明板があります

鳥居をくぐり参道を進むと次第に森が深くなり、
いかにも伝説の宮という風情になっていきます

境 内 図     二の鳥居 
  

親子杉参道     稲 荷 社
 

地蔵尊堂・祖霊社・庚申社    妙見宮への鳥居 
 

手 水 舎  参道階段

長い参道階段の始まりです

絵馬堂と七星塚  絵馬堂内部

割殿になっています。
絵馬堂前には七星塚(巨門星)がありました

参道階段  左:七星塚 右:祠

絵馬堂から更に階段は続きます
 
七星塚(文曲星)と鳥枢沙摩明王の祠がありました


参道階段  社務所・授与所

更に階段は続きます。どうやら最後の階段のようです。
 
登りきると右手に社務所・授与所があり、
こちらで御朱印を戴きました。

社務所・授与所      社務所からの遠景 
 

拝殿本殿への参道階段 拝   殿

拝殿へは更に階段がありました
 
もう少しです


おもかる石(拝殿前)      青 龍 社 
 

 

三宝荒神社     鎮宅霊符社

拝殿左の手前にあります
 
拝殿左の奥にあります

 

織女石(たなばた石)説明板     織女石(たなばた石)
拝殿の奥には本殿の変わりに、
大きなご神体の織女石がありました

 

 七星塚(禄存星)     注 連 柱 
 
『登龍の瀧』の前にある注連柱

 

登龍の瀧     登龍の瀧 
 
見えにくいですが、岩の上の細い管のようなものから
水が流れています

 

金色龍王社      明 星 水
 

 

裏 参 道     七星塚(武曲星) 

鳥枢沙摩明王の祠がある所につながる参道
 

 

七星塚(破軍星)       ほしだ園地の木道
 

近くにあるほしだ園地の木道の遊歩道です

  ほしだ園地(星のブランコ)      

 
ほしだ園地にある
『星のぶらんこ』です。
全長280m・地上高50m
の吊り橋で、木床板人道
の吊り橋としては
日本最大級だそうです
交野の地は七夕伝説の里
であり星のブランコの愛称
がつけられたようです