県 大阪
朱印番号 P43
寺 社 名 錦織神社
別称 etc  
所 在 地 大阪府富田林市宮甲田町9?46
      
参 拝 日 R03.09.25
      
主な札所  
   
   
主 祭 神 建速素戔嗚命、品陀別命、菅原道真
特記事項
 近鉄長野線の川西駅から南西へ500mの
所にあります。鳥居の横に無料駐車場が
あります。境内の由書がきによると、
錦織神社の所在する富田林市宮甲田は古
代律令制における河内国錦部郡の最北部
にあたり、古来より錦部郡内の水流の集
まるところとして水郡天王宮と呼称され
広く信仰されてきました。明治時代より
錦織神社として周辺五カ村の神霊を合祀
し地元の氏神様として信仰されています。
現社殿の創建は室町時代正平18年(1363)
と伝えられ、本殿を中央に、東隣に摂社
春日社本殿、西隣に摂社天神社本殿の三
棟が並ぶ配置を取っていて国の重文にな
っています。室町時代の特長がよく表れ
ている蟇股は牡丹、唐草、桐、橘の彫刻
が、欄間には椿、葉に筆、柘榴等の彫刻
で飾られています。これらは極彩色で荘
厳に仕上げられています。これらは室町
末期のもので『錦織造り』と呼ばれ日光
東照宮にも影響を与えたといわれていま
す。又、一の鳥居から拝殿まで約200mの
木々に囲まれた長い参道が続いていて、
静寂で厳かな雰囲気の神社です。
 
 

 

   

 
   




 

 

一の鳥居 二の鳥居
 

  参  道  
 
非常に長い参道です。かっては流鏑馬が行われていたようです
 


天誅組河内勢顕彰碑 天誅組河内勢顕彰碑

幕末に尊皇攘夷派浪士の一団(天誅組)が公卿中山忠光を主将として大和国で決起し、後に幕府軍の討伐を受けて壊滅しましたが、天誅組河内勢の志士のリーダ水郡善之助の名をはじめ志士たちの名が刻まれていました


社殿略記の碑 手 水 舎

拝  殿 東拝殿・天上の絵馬

拝殿左側が社務所・授与所になっています。
右側が東拝殿になっています。

瑞垣からの社殿 御祭神の説明盤

境内図と由緒板       祈 祷 所
 

  本  殿 (重文)  
   
本殿正面       本殿横
本殿と摂社の春日社・天神社は国の重要文化財になっています。
室町末期のもので『錦織造り』と呼ばれ日光東照宮にも影響を与えたといわれています

天神社(重文) 本殿左       春日社(重文) 本殿右
 

 

神 輿 庫       弁財天と金比羅宮

 

 

記 念 碑       境内東の注連石

重要文化財の本殿と摂社の大修理を記念しての石碑のようです