大阪
朱印番号 P39
寺 社 名 法道寺
別称 etc  
所 在 地 大阪府堺市南区鉢ヶ峯寺401
     鉢峯山
参 拝 日 R03.08.24
宗   派 高野山真言宗
主な札所 河泉二十四地蔵霊場第23番
   
   
御 本 尊 薬師如来
特記事項
 泉北高速鉄道の栂・美木多駅から南東へ
4.3kmの所にあります。 拝観資料・縁起板
などによると、 当寺は所蔵の縁起書(延長
8年(930)2月9日付写本)によれば、天智天
皇9年(白鳳10年(670))に法道仙人が当山で
飛鉢の法(*)を行じ、 その霊験を聞き及ん
だ天智天皇の勅願によって、閑谷院長福寺
として開創されました。この鉢を収めた山
を鉢塚山といい、これによって山号を鉢峯
山といいます。 南北朝時代には、楠木正
成の一族であった橋本正員の菩提寺となり
ました。その後、8代将軍徳川吉宗の嫡子
が長福丸と名付けられたことにより、同名
であることをはばかり、法道仙人の開基で
あることから享保元年(1716)、法道寺と改
名しました。往時は多数の塔頭寺院を要す
る大寺院でした。境内にある建物のうち、
鎌倉時代後期の食堂、南北朝時代の多宝塔
は、ともに国の重要文化財に指定されてい
ます。また、南北朝時代に制作された仏画
「十六羅漢像」(重文)、高麗時代の「阿弥陀
三尊図」(市指定)、鎌倉時代弘安6年
(1283)に造立された金剛力士像(市指定)
など数多くの文化財を有しています。
(*)托鉢のが自由自在に飛び回り、海上
を行く船に対して米を求め、応じぬ場合は
すべての米俵を連れ去るという

 

 

  <拝観資料>  
 

  

縁 起 板     桜   門

 

仁 王 像 (吽形) 仁 王 像 (阿形)
 


  境内の案内板     
 

 

手 水 舎     金   堂

大 師 堂  四国八十八ケ所霊場砂踏み


 
大師堂の周りは四国八十八ケ所霊場砂踏みになっています


食  堂 (重文)   さるすべりの木 
 
食堂と多宝塔の前に大きなさるすべりの木がありました

多宝塔 (重文)     多宝塔 (重文)
 

南   門     


 
お寺と少し離れた所に『法道寺』の表札がある
住職さんの家があり、こちらで御朱印を戴きました。