県 奈良
朱印番号 P33
寺 社 名 廣瀬大社
別称 etc  
所 在 地 奈良県北葛城郡河合町大字川合99
      
参 拝 日 R03.04.10
      
主な札所 神仏霊場巡拝の道31番
   
   
主 祭 神 若宇加能売命
特記事項
 JR大和路線の法隆寺駅から南東へ2.3km、 近鉄田
原本線の池辺駅からは北東へ 2.3の所にあります。
境内の案内板や拝観資料の神社略記・由緒板による
と、『日本書紀』天武天皇4年(675)に記事が見られ
る廣瀬神社は、奈良盆地の多くの河川が合流して大
和川となる水上交通の要衝に位置しています。神社
に伝わる『河相宮縁起』では崇神天皇の時代の創建
とされています。崇神天皇9年(前89年)に廣瀬の河
合の里長に御信託があり、沼地が一夜で陸地に変化
し、橘が数多く生えました。このことが天皇に伝わ
り、この地に社殿を建て祀られるようになりました。
地理的条件や周辺の遺跡の状況から、遅くとも7世
紀以前には既に信仰の母体となるものがあったと考
えられています。天武天皇4年に龍田の風神ととも
に祭祀が行われて以降、戦国時代に途絶えるまで毎
年4月と7月に朝廷より使者が遣わされ、祭祀が行
われていました。戦国時代から江戸時代初期にかけ
て一時衰退しましたが、元禄年間に復興し、旧廣瀬
郡の総氏神として広く崇敬を受けるようになりまし
た。祭神は大忌神の異名を持つ若宇加能売命で、水
の神、水田を守る神、五穀豊穣の神として篤く信仰
されています。現在に残る最古の建物は、正徳元年
(1711)に造営された本殿です。この本殿は一間社春
日造の様式をよく伝えるものとして、奈良県指定文
化財(建造物)に指定されています一の鳥居から
拝殿まで続く参道は南北に約400m程あり、参道両脇
は木々が鬱蒼としていて、いかにも厳かな神社とい
う感じがします。

 

 

  <拝観資料>



  

一の鳥居と社号標     神社略記板

右側は駐車場です。社号標には官幣大社廣瀬神社の
文字が刻まれています。

 

  参  道  


一の鳥居から拝殿までの参道は長く、南北に約400m程あります。又、参道両脇は木々が鬱蒼として、いて、いかにも厳かな神社という感じがします。
 

 

由 緒 板  日の丸稲荷社

日 吉 社     祖 霊 社 

日露戦争戦利品大砲     砲  弾 

 

祓 戸 社      太鼓橋(廣瀬橋) 
 

二の鳥居      手 水 舎 

一の鳥居から400mの参道を幾つかの境内社を参拝しながら
やっと二の鳥居に着きました

社務所・授与所     神 馬 舎 
 

拝   殿      本   殿 
 

本殿西側の建物     本殿西側の建物 

  本殿から二の鳥居     

本殿前に橘と桜の木があります