兵庫
朱印番号 P21
寺 社 名 高源寺
別称 etc  
所 在 地 兵庫県丹波市青垣町桧倉514
     瑞巌山
参 拝 日 R02.11.17
宗   派 臨済宗妙心寺派
主な札所 関西花の寺二十五霊場4第番
   
   
御 本 尊 釈迦如来
特記事項
 JR福知山線の石生駅から北西へ18kmの所にあり
ます。拝観資料によると、高源寺は、鎌倉時代(1325)に遠谿祖雄(えんけいそゆう)禅師によっ
て開創されました、臨済宗中峰派の本山です。甲
斐(山梨)の栖雲寺(せいうんじ)が東天目と呼
ぶのに対して、高源寺は西天目と呼ばれ、丹波屈
指の名刹として知られています。開山の遠谿祖雄
禅師は、当地青垣町の遠坂地区にあった山垣城の
城主足立遠政公の孫の光基の三男です。遠谿祖雄は、幼少の頃より出家し、1306年に中国に渡り、
杭州天目山の中峰国師のもとで約10年修行をして
悟りを開きました。そして、帰国後、霊夢で得た
天目山に似た佐治郷小倉に堂宇を創建しました。
1326年には後醍醐天皇より高源寺号を賜り、また
後柏原天皇の代には、勅願所の礼遇を許され、住
職は末代紫衣の宣旨を受けました。そして、全国
に末寺を持つ大本山となりました。しかし、天正
年間、織田信長の丹波攻略で建物をことごとく焼
失しました。その後、享保の始めに天岩明啓禅師
が再興し、1799年には、弘巌玄猊禅師が柏原藩の
援助を得て再び再建し、現在に至っています。  
紅葉の名所としても知られいて、円通寺、石龕寺
と共に丹波紅葉三山とよばれています。
バスツアーのため時間がなく三重塔(多宝塔)へ
は行けませんでした。
   
  <拝観資料>
 






境内の多くのカエデは、天目カエデと呼ばれます。それは、開山の遠谿祖雄禅師が中国杭州の天目山で禅の修行をし、この丹波に帰り高源寺を建立しましたが、その折、中国天目山より持ち帰ったカエデを境内に植えたことから始まります。天目カエデの特徴は葉が小さく、葉の切れ目が深く、枝が垂れ下がるといわれています。
お地蔵さん     寺号標石碑 

もみじ橋の袂左側に苔むした大きなお地蔵さんがあります。
この道をまっすぐ進むと高源寺に着きます。


惣門前の石段  惣   門

定め書き     紅葉のトンネル 
 
惣門をくぐると紅葉のトンネルが続きます

丹 丘 荘      山門前の石段 

惣門をくぐったすぐ左に丹丘荘という休憩所・食堂があります
 
山門前は急な階段になっています
山   門      仏   殿 

 
扁額には『灋王殿(ほうおうでん)』と書かれています
方   丈      方丈玄関 
 
鐘   楼      大 痩 嶺 
 
画僧の雪舟が中国の大痩嶺をかたとって
造園したと書かれていますす
境内の紅葉      戦没者慰霊碑 
 
境内の石碑      境内の石碑