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府 県 |
三重 |
朱印番号 |
P18 |
寺
社 名 |
二見輿玉神社 |
別称
etc |
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所
在 地 |
三重県伊勢市二見町江575 |
山
号 |
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参
拝 日 |
R02.10.23 |
宗
派 |
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主な札所 |
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主 祭
神 |
猿田彦大神 宇迦御魂大神 綿津見大神 |
特記事項 |
JR参宮線の二見浦駅から東へ1.2kmの所に
あります。御由緒によると、垂仁天皇の御代
に皇女倭姫命が皇大神である天照皇大御神を
奉戴し、この二見浦に御舟を停めた時、興玉
大神が海上の厳島(興玉神石)に出て、御神
幸を守護し、五十鈴の川上に大宮地を定めら
れました。興玉神は、皇大神宮大宮地の守護
神として尊崇され、厳島は興玉神石と尊称し
、立石崎の立石(夫婦岩)に注連縄を張り結
界とし、その前に遥拝所を設けて礼拝したの
が当社の創始となっています。その後、僧・
行基が此の地に来て、興玉神の本地垂迹(*)
なりと称して観世音菩薩を本尊となして江寺
を創建し興玉社を鎮守社として同寺の境内に
社殿を設けました。しかし、明治9年に神仏
分離により立石(夫婦岩)前に造営鎮座され
ました。当時、境内には天の岩屋の内に祭祀
せられた三宮神社(三狐神社)が鎮座されて
おり、興玉社と三宮神社が合祀され、明治43
年に二見興玉神社と改められました。二見浦
は古来から清渚と尊ばれ、伊勢参宮を控えた
人々が汐水を浴び、心身を清めた禊場だった
ようです。又、二見浦に参詣して、身を清め
ることを「浜参宮」と言ったようです。御朱
印もこの文字が書かれています。
(*)仏や菩薩が人を救うため、神の姿を借り
て現れること。
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