京都
朱印番号 N44
寺 社 名 禅林寺
別称 etc 永観堂
所 在 地 京都市左京区永観堂町48番地
     聖衆来迎山
参 拝 日 R01.11.28
宗   派 浄土宗西山禅林寺派
主な札所 法然上人二十五霊跡縁故本山(番外)
  西山国師遺跡霊場第8番
  洛陽六阿弥陀第2番
御 本 尊 阿弥陀如来(重要文化財)
特記事項
 地下鉄東西線の蹴上駅から北東へ 1.5kmの所に
あります。拝観資料によると、永観律師をさかの
ぼること200年余り、 禅林寺は真言密教の寺とし
て始まりました。 863年に弘法大師の高弟・真紹
僧都が清和天皇から寺院建立の許可をもらい、禅
林寺という名を賜わりました。禅林寺が大きく発
展したのは、永観律師の時代です。律師は、境内
に施療院を建てるなど、恵まれない人々のために
奔走。永観律師を慕う人々によって、禅林寺はい
つしか、永観堂と呼ばれるようになりました。  
鎌倉時代に住職となった静遍僧都は、高名な真言
宗の僧侶でした。お念佛をとなえるだけで救われ
るという教えに反発をおぼえ、自分のほうが正し
いと証明しようと、法然上人の著書を開きました。
ところが、いくら読んでも「間違っているのは自
分では」と思わせられることばかりでした。つい
に、静遍はお念佛の教えに深く帰依します。そし
て法然上人のまな弟子・証空上人を次の住職とし
て招きました。証空上人は、すべてを阿弥陀佛に
まかせきってとなえるお念佛の大切さを説き、
「白木の念佛」と名づけて、人々に勧めました。
それは、阿弥陀さまが私たちのような者でも1人
残らず救ってくださることへの悦びの念佛といっ
ていいでしょう。のちに、禅林寺は、法然上人を
宗祖に、証空上人を派祖にいただく、浄土宗西山
禅林寺派の総本山となりました。永観堂禅林寺は
はるか平安の昔から、称名念佛の根本道場として
阿弥陀さまの慈悲のこころを護り伝えています。
御本尊は『みかえり阿弥陀』と呼ばれ重文となっ
ています。紅葉の名所として有名で、境内の紅葉
は圧倒的な美しさです。又、大玄関~釈迦堂~御
影堂~阿弥陀堂へと続く廻廊、そして山の斜面に
沿って木を組み合わせて作った臥龍廊は圧巻でし
た。
 

 

<阿弥陀如来>    
           

 

<拝観券>  <拝観資料>  


<拝観資料>








 

 

総   門              総   門

 

   南   門            
   

中  門             中  門 (紅葉時)

 

寺 務 所 大 玄 関

この玄関が各お堂への入口になります

 

放 生 池              唐 門(勅使門)

 

   古方丈と瑞紫殿と釈迦堂に囲まれた庭園  古方丈と瑞紫殿と釈迦堂に囲まれた庭園
 

 

   古方丈と瑞紫殿と釈迦堂に囲まれた庭園   古方丈前の庭園
 

 

    釈迦堂(方丈)の扁額   
 

 

方丈前の盛り砂の庭園              方丈からの唐門
 

 

   釈迦堂前の庭園   廻廊からの御影堂
 

 

 御影堂からの龍吐水                御影堂からの紅葉
 

 

 御影堂から阿弥陀堂への廻廊                廻  廊
 

 

 御影堂横の多宝塔への階段                水 琴 窟
 

 

 阿弥陀堂へ向かう廊下からの御影堂               阿弥陀堂の側面(本堂)

右に少し見えているのがエレベータ(和風)です
 

 

鐘   楼              響 流 庵
     

 

 御 影 堂 (大殿)                御影堂前の参道
 

 

 やすらぎ観音                参  道
 

 

  龍 吐 水              



   弁 財 天   画 仙 堂
 


 永観堂図書館                多 宝 塔
 

 

   四向納骨参詣者入口   浴   槽
 

 

宗学研究所