府 県 |
滋賀 |
朱印番号 |
N40 |
寺
社 名 |
胡宮神社 |
別称
etc |
|
所
在
地 |
滋賀県犬上郡多賀町敏満寺49 |
山
号 |
|
参
拝
日 |
R01.11.21 |
宗
派 |
|
主な札所 |
|
|
|
|
|
主 祭
神 |
伊邪那岐、伊邪那美命 事勝国勝長狭命 |
特記事項 |
江鉄道の多賀大社駅から南へ 1.5kmの所に
あります。境内の由緒石碑によると、『悠遠な
上古より青竜山のいただきにご鎮座。 寿福・
延命・授子授産などあらたかなご神徳は遠近に
あまねく、みいずと慕って詣ずる人は今にあと
をたたない。仏教の渡来によって、この地に天
台宗敏満寺が創建されると、やがて山麓に社殿
が営まれ、その守護神としてあつくまつられる
に至った。平安の昔、女流歌人・赤染衛門は童
子守護の願文を奉り、建久(養和の誤記)のはじ
め、東大寺再建にあたって重源上人は、ご社頭
に七日の参籠をおさめて延命し、後光厳天皇は
美濃より都にお帰り途次、み車を留めまして一
夜をご宿泊、戦国の世、元亀天正の兵火は社殿
の大半を焼失させたが、徳川三代将軍家光公の
篤志によって寛永15年復旧を見ることができた
。江戸時代には、お乳人が参詣し皇子皇女のご
安泰祈願がおこなわれるなど、ご霊徳の数々は
あげるにいとまもないが、明治19年にば県社
にご列格昭和21年以降は宗教法人胡宮神社に改
められた。ゆれやまぬ世情ながら人々の崇敬の
心はここにあつまり、湖東の名社郷土の氏神と
して遠く永くまつりつがれ広大なみいずはいよ
いよ四辺にかがやきご社運ばますますみ栄えを
ま加えられることであろう。』と記されていま
す。多賀大社の別宮であったところで、古くは
聖徳太子の建立と伝える天台の大伽藍として栄
えた敏満寺の鎮守社だったようです。境内は広
く、表参道から裏参道までの参道は多くの紅葉
に包まれ非常に素晴らしい光景でした。
|
|
|
|