奈良
朱印シュイン番号バンゴウ N27
寺 社 名 新薬師寺
ベツショウ etc  
トコロ ザイ 奈良市高畑町1352
     日輪山
サン オガ R01.09.22
宗   派 華厳宗
オモな札所 西国薬師四十九霊場第6番
  大和十三仏霊場第7番
  大和北部八十八ヶ所霊場第8番
ホン ソン 薬師如来(国宝)
特記トッキ事項ジコウ
 近鉄奈良駅の南東へ2.3kmの所にあります。 拝観
資料によると、 新薬師寺は天平19年(747)に聖武天
皇の病気平癒を祈って、光明皇后によって創建され
ました。 聖武天皇は天平15年(743)に動物植物がこ
とごとく栄える世の中をめざし、皆で力を合わせて
盧舎那大仏を造立することを発願され、近江国信楽
宮で行基菩薩をはじめ多くの人々とともに大仏造立
に着手しました。ところが天平17年(745)に入り、
山火事と地震が頻発したため、工事を中断して平城
京に戻られました。大仏造立は平城宮の真東の山麓
(現在の東大寺)で再開されましたが、天皇ご自身は
体調を崩されました。そこで天皇の病気を治すため
都とその近郊の名高い山、清らかな場所で、薬師悔
過(やくしけか)が行われ、都と諸国に薬師如来像七
体を造立し、薬師経七巻を写経することが命じられ
ました。これをきっかけに、光明皇后によって春日
山、高円山の麓に、新薬師寺(当時は香山薬師寺、
香薬寺とも呼ばれた)が造営されました。新薬師寺
の金堂には、七仏薬師が祭られていました。 応和2
年(962)に大風により倒壊し現存しましたが、 現在
の本堂の西方150メートルやや南寄りにあり、 東西
約60メートルの長い建物だったことが、最近の発掘
調査で確認されました。 当時は4町四方の広い境内
だったようですが、現在はさほど広くはありません。
しかし、文化財には目を見張るものが多くあります。
本堂は国宝、南門、東門、地蔵堂、鐘楼は重文です。
又、ご本尊の木造薬師如来坐像をはじめ、塑造十二
神将立像すべてが国宝で、将に宝の宝庫という感じ
の寺院です。
  
<拝観券/拝観資料>
     
南  門 (重文)     手 水 鉢

  本  堂 (国宝)     
 
この建物の中に、国宝の木造薬師如来坐像をはじめ、それを取り囲むように、塑造十二神将立像(すべて国宝)があり、将に宝のお堂です。
 

 鐘  楼 (重文)   石 仏 群

鐘楼の中の梵鐘も重文で、除夜の鐘の時などにつくようです。

小屋の中に、地蔵菩薩・阿弥陀如来・薬師如来など
の石仏がありました

印塔 地 蔵 堂 (重文)
 

庫裏への入口   香薬師堂への入口
 
入口の右側に、香薬師を詠んだ歌碑があります。

香薬師堂前の池 香薬師堂