府 県 |
京都 |
朱印番号 |
N08 |
寺
社 名 |
清浄華院 |
別称
etc |
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所
在
地 |
京都市上京区寺町通広小路上ル北之辺町395 |
山
号 |
なし |
参
拝
日 |
H31.4.21 |
宗
派 |
浄土宗 |
主な札所 |
法然上人二十五霊跡23番 |
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主 祭
神 |
阿弥陀如来 |
特記事項 |
京阪本線の出町柳駅から南南西へ850mの所にあり
ます。当寺院の沿革によると、清浄華院という名前
は「浄土に咲く蓮の華のように、清らかな修行がで
きる場所」という願いを込めて名づけられました。
その歴史は古く、平安時代までさかのぼることがで
きます。貞観2年(860)、時の天皇である清和天皇の
勅願により、天台宗の慈覚大師円仁が"宮中"に禁裏
内道場として建立したのが始まりです。当時は円
(円教、天台)・密(密教)・戒(円頓戒)・浄(浄土教)
の四つの学問を学ぶ四宗兼学の道場であり、かつま
た国家泰平と天皇陛下のご健康を祈る鎮護国家の道
場でもありました。やがて平安時代も終わろうとす
る承安5年(1175)、浄土宗の開祖である法然上人は
長年にわたるご研鑚の地、比叡山を去って東山吉水
の地に草庵を結ばれ、念仏を称えることこそ唯一の
救いの道であると説かれました。当時の仏教界に新
風を吹き込んだ法然上人の教えは、道俗・身分を問
わず潮のように広まっていき、その教えに触れよう
としたのは、時の天皇も同様でした。後白河法皇は
法然上人を宮中に呼び寄せ教えを請い、高倉天皇・
後鳥羽上皇とともに上人を戒師として円頓戒のご受
戒も受けられました。後白河天皇は法然上人の教え
に大変感動され、参内の宿舎とされていた当院を法
然上人に賜りました。これによって清浄華院は浄土
宗に改められ、以後念仏道場としての道を歩むこと
になりました。浄土宗ではあまり、御朱印は戴けな
いのですが、戴けるとの事で、開祖の『法然上人』
の文字の予定でしたが、平成も残り少ないとの事で
『法爾大師』の御朱印を戴きました。
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