兵庫
朱印シュイン番号バンゴウ M35/M36
寺 社 名 昆陽寺
ベツショウ etc  
トコロ ザイ 兵庫県伊丹市寺本2-169
     崑崙山
サン オガ H31.5.25
宗   派 高野山真言宗
オモな札所 西国薬師四十九霊場第19番
  摂津国八十八箇所第62番
   
ホン ソン 薬師如来
特記トッキ事項ジコウ
 阪急伊丹線の伊丹駅から西へ 2.6kmの所にあり
ます (JR・阪急の両伊丹駅前からバスで昆陽里で
下車し200m東へ)。 JR伊丹駅のレンタサイクルを
利用すると便利です。拝観資料の略縁起によると
第45聖武天皇の御代、天平5年(733)に勅願所とし
て行基菩薩によって建立されました。「古今著聞
集」に行基が有馬温泉に行く途中に発願して建立
したとあります。神亀年間に朝廷に奏聞し勅許を
受け、方50町の地に遠近住人の協力を得て、田畑
を開き、昆陽池をはじめとする大小池、堀川、樋
、溝流、堤塘などを築成し灌漑を図りました。
又、職なき者には業を授け、或は貧しき人には資
を与えられました。後々これを昆陽の庄と名づけ、
その中心に七堂伽藍、僧坊、堂宇を建立し昆陽寺
としました。又、西国街道(国道171号)が通る交
通の要所でもあり、布施屋を設け病人や貧しい人
々を救済し、社会福祉事業の拠点となりました。
かくして昆陽三十六坊甍をならべ荘厳美をつくし
ました。 その後度々災火の難に遭い、殊に天平7
年(1580)に織田信長が伊丹城主、荒木村重を攻略
した時、兵火にかかり堂塔伽藍が灰燼に帰しまし
たが、行基菩薩の徳を讃仰する信徒、地利の恩恵
に浴する行基氏子の信者が物心両面の力を合せ昔
の遺跡に現在の堂宇を再建し、今に至っています。
しかし、平成7年(1995)に阪神淡路大震災により
数百年の歴史が崩壊しました。震災直後より本堂
再建、行基堂解体修理、山門解体修理、観音堂解
体修理、鐘楼堂補強修理、宝堂補修土壁修理など
復興工事に着手し、平成10年に完成をしました。
立派な山門を潜ると、境内は広く、震災で壊れた
多くの諸堂も見事に復元され、落ち着いた雰囲気
の寺院となっています。朱印は境内奥にある、庫
裏が納経所となっており、ここで戴きました。



 
<薬師如来・西国薬師49> <十一面観音・摂津国88> <拝観資料>
   


 
  山   門     
   

仁王像(吽形) 仁王像(阿形)
 

手 水 舎 鐘   堂

  本   堂     
 
瑠璃殿・薬師堂ともいわれ、行基菩薩自作の薬師如来
が安置されています
 

観 音 堂 行 基 堂

十一面観音菩薩が安置されています

普賢菩薩及び四天王(持国天・多聞天・増長天・広目天)
が安置されています

弁 天 堂 宝   蔵
   
  近衛文麿参拝記念樹     
   

庫  裏(納経所) 前藤明神(稲荷大明神)
 

四国八十八箇所霊場石仏 四国八十八箇所霊場石仏

  鎮守堂 大梵天王     
   

白長大明神 納 骨 堂

 境 内 図 西   門