県 大阪
朱印シュイン番号バンゴウ M30
寺 社 名 友呂岐神社(ともろぎじんじゃ)
ベツショウ etc  
トコロ ザイ 大阪府寝屋川市香里本通町19番13号
      
サン オガ H31.2.4
      
オモな札所  
   
   
主 祭 神 誉田別尊、菅原大神、茨田連袗子
特記トッキ事項ジコウ
 京阪の香里園駅から南東へ600mの所にありま
す。由緒書きによると、康正二年(1456)に後土
門天皇が北ノ小路新邸をこの地に造営し、南に
鎮護神として八幡宮を祀り、北に南無阿彌堂の
伽藍を建設したと古書にあります。その後、畠
山義就と畠山政長がこの地で戦い兵火の為に社
殿は焼失しましたが、この八幡宮が当社の始め
です。その跡地に小社を建て、氏神として祀っ
ていましたが又も兵火の為に焼失しました。天
正五年(1577)にこの地の人々は社殿を再建し氏
神として崇拝し、参詣していました。明治43年
に若山神社・二本松神社・太間神社が八幡神社
に合併し、この地の地名をとって友呂岐神社と
改称し現在に至っています。友呂岐は、鞆呂岐
とも書き古代から皇室の荘園でした。鞆には天
皇の立派な姿の形容、呂岐は神を表す語とのこ
とです。小さな神社ですが歴史があり、西側か
ら参拝すると長い階段の参道があり、なかなか
趣のある神社です。
 
 
         
西側鳥居と社標     鳥居跡の石碑


 
かつては、ここに木製の鳥居があったようで、「寛保三年
九月吉日 三井氏子中建立」の文字が刻まれてます。

御 神 木     二の鳥居

神輿山車格納庫     御所水と布袋像

布袋様の後ろに、清水が湧き出ています

手 水 舎  社 務 所    

拝   殿     成願稲荷社

能 舞 台     本   殿

集会所・休憩所?     手 水 舎

東側鳥居から入った所にも手水舎がありました

 御祭神が刻まれた石碑     由緒書き
 

お弓式の石碑   東側鳥居