府 県 |
兵庫 |
朱印番号 |
M08 |
寺
社 名 |
満願寺 |
別称 etc |
|
所
在
地 |
兵庫県川西市満願寺町7-1 |
山
号 |
神秀山 |
参
拝 日 |
H30.10.17 |
宗
派 |
高野山真言宗 |
主な札所 |
新西国三十三箇所第13番 |
|
摂津国八十八箇所第68番 |
|
摂津国三十三箇所第18番 |
御
本 尊 |
千手観世音菩薩 |
特記事項 |
阪急宝塚線の雲雀丘花屋敷駅から北西へ2.7km
の所にあります。『伽藍開基記』によると創建は
奈良時代(724~728)で,「信者すべての願いは必
ず聞き届けるという満願の仏の功徳をもって大衆
を救おう」と発願されました。そして全国に満願
寺建設をすすめた第45代聖武天皇の命により、勝
道上人(諸国に満願寺を建立した)が摂津国の満願
寺として千手観音を本尊に開基したと伝えられて
います。 のちの安和元年(968)に源満仲が多田に
館を構えて以来、国家安泰を祈って帰依し、源氏
一門の祈願所になりました。鎌倉時代(1325年)の
後醍醐天皇の勅旨によって当山は勅願寺となりま
した。以後足利幕府成立ののち、将軍家の祈願所
として保護を受け栄え寺運が盛んな頃は四十九の
院坊があったと伝えられています。当時の文書に
よれば、建武五年(1338))に、足利尊氏は満願寺
衆徒中にあてて祈願を命じており、また同年、仁
木義有が伝達した禁制にも「当家(足利氏)代々
祈願所たるうえは寺中ならびに寺領に対する権門
を禁止する」と記しています。その後、兵火によ
る消失などの変遷をへて、明治初年残った唯一の
子院「円覚院」を本坊として現在に至っています
。山門から北へ続く長い参道は非常に美しく、紅
葉時期には素晴らしい景色となりそうです。
|
|
|
|