県 奈良
朱印シュイン番号バンゴウ K34/K35/K36
寺 社 名 談山神社
ベツショウ etc  
トコロ ザイ 奈良県桜井市多武峰319
      
サン オガ H31.4.16
      
オモな札所 神仏霊場巡拝の道37番
   
   
主 祭 神 藤原鎌足公
特記トッキ事項ジコウ
 JR桜井線・近鉄大阪線の桜井駅から南へバスで
25分の所にあります (紅葉時は臨時バスがありま
すが、通常は1~2時間おきに1便しかありません)
拝観資料の由緒によると、飛鳥・法興寺で行われ
た蹴鞠会において出会った中大兄皇子 (後の天智
天皇)と中臣鎌子(後の藤原鎌足)が、 藤の花の盛
りの頃、当社本殿の裏山で極秘の談合をしました。
『多武峰縁起』によれば「中大兄皇子、中臣鎌足
連に言って曰く。鞍作(蘇我入鹿)の暴虐をいか
にせん。願わくは奇策を述べよと。中臣連、皇子
を将いて城東の倉橋山の峰に登り、藤花の下に揆
乱反正の謀を談ず。」と記されています。この談
合により、皇極天皇4年(645)飛鳥板蓋宮で蘇我
入鹿を討ち、中央統一国家及び文治政治の完成と
いう歴史的偉業を成し遂げられました。多武峰は
この後、談峯・談い山・談所が森と呼ばれるよう
になり「大化の改新談合の地」の伝承が残りまし
た。現在の社号の「談山神社」もここからきてい
ます。天智天皇8年(669)鎌足公の歿後、 御墓は
摂津国阿威山に造られましたが、白鳳7年(678)
唐より帰国した長男・定慧和尚が遺骨の一部を多
武峰山頂に改葬し、十三重塔と講堂を建立し妙楽
寺と称しました、更に大宝元年(701)方三丈の神
殿を建て、 鎌足公の御神像を安置しました。
これが談山神社の始まりです。春は桜、秋は特に
紅葉が素晴らしく多くの人で賑わいます。又、春
と秋に権殿前の『けまりの庭』で有名な蹴鞠会が
行われます。
    
 
<談山明神> <福禄寿神> <神像・藤原鎌足>
     
<拝観券> <拝観資料>














       

 

参   道  灯籠ケ辻

バス停から階段を下りてくるとお土産屋の並ぶ参道に出ます

参道の右側には灯籠の並ぶ『灯籠ケ辻』があります

 

石灯籠(重文)       

後醍醐天皇の御寄進による名品の石灯籠がありました
 
灯籠には元徳3年(1331年)の刻銘がありました

社 号 標   手 水 舎 (鳥居前)

  鳥居と石段(140段)     
   

 東宝殿(重文)  東宝殿(重文)
 

 西宝殿(重文)  手 水 舎
 

 桜  門(重文)     拝  殿(重文)

桜門の奥には拝殿・本殿があります
 

 本 殿(重文)     本殿の欄干にある極彩彫刻
 

 拝殿内部      拝殿内の資料

拝殿内の写真OKとのことで、撮らせて頂きました
 


 拝殿内の屏風・曼荼羅の掛け軸       拝殿外側の廊下
 

  拝殿全景       
   

 

 



(重文)


ー 秋 ー
ー 春 ー

 

 神廟拝所(重文) 閼伽井屋(重文)
 

 

 権  殿(重文) 権  殿(重文) -西側-
 権殿には儀式殿の木札が掛けられていました  

 

  東 殿(重文)     
   

 

 観 音 堂     左:杉山神社・右:神明神社 
 

 

総社拝殿(重文) 総社本殿(重文)
 

  比叡神社(重文)     
 
小さな末社の祠ですが、重文になっています。
この祠の両脇に、稲荷神社と山神神社の祠がありました
 

 稲荷神社  山神神社
 

 
祓 戸 社
十三重石塔










 境内から少し離れた小高い丘の上に、藤原鎌足公の二男・不比等(淡海公)がまつられています