大阪
朱印番号 K32/R16
寺 社 名 水間寺
別称 etc 水間観音
所 在 地 大阪府貝塚市水間638
     龍谷山
参 拝 日 H31.04.07
宗   派 天台宗
主な札所 新西国三十三箇所第4番
  神仏霊場巡拝の道第53番
  和泉西国三十三箇所第26番
御 本 尊 聖観音(絶対秘仏)
特記事項
 南海本線の貝塚駅から水間鉄道に乗り換え、
水間観音駅から南へ550mの所にあります。拝
観資料の由来によると、水間寺は奈良時代に
聖武天皇の勅願により行基菩薩が開創したお
寺で、ご本尊は聖観世音菩薩(6cmほど)です。
拝観資料の由来によると、天平16年(744)、
聖武天皇が42才の時、病にかかり、この時、
夢のお告げがあり「この奈良の都より西南の
方角に観世音菩薩がご出現なされる。」との
こと。すぐに聖武天皇は、行基に勅命をもっ
てこの仏像を探すように命じました。行基は
夢のお告げに従いこの地を訪れたところ、16
人の童子が現れ、導かれた瀧の辺りで白髪の
仙人に会いました。その仙人が行基に聖観世
音の像を手渡すと、龍に姿を変えて昇天した
と云われています。奈良に戻った行基は聖観
世音菩薩を天皇に捧げたところ、病はたちま
ち治り全快しました。聖武天皇はこの仏像を
現地にお祀りするようとの勅命を下し、行基
がこの水間の地にお堂を建立したのが水間寺
の創建です。お寺は蕎原川と秬谷川の2つの
川が合流する中州にあり、入口に当たる厄除
橋から蕎原川に垂れ下がる桜は非常に風情が
あり絶景です。又、境内の西には秬谷川に架
かる通天橋があり、これを渡ると、行基堂・
薬師堂へと続き、更には水間公園へと続きま
す。この公園には多くの桜があり、春には花
見客で賑わっています。
  
   
 


<大非殿> <御詠歌> <お守り札>


 
みなかみは 清き流れの 水間寺 願う心の 底は濁らじ
  朱印時にお守りとしていただきました  

 

<拝観資料>  
       

  

  厄 除 橋     

 

厄除橋からの     厄除橋からの

厄除橋の下には蕎原川が流れています


蕎原川に架かる楼     聖観音菩薩立像

厄除橋を渡り境内側から見た桜

 厄除橋を渡るとすく、写経堂前にあります


写 経 堂     客   殿

歌   碑     布袋石像

右:ご詠歌石碑
みなかみは 清き流れの 水間寺 願う心の 底は濁らじ
 

手 水 舎     献  馬

神社では神馬は良く見かけますが、お寺では珍しい。


  本   堂     
   

 

三 重 塔     三重塔の十二支
  三重塔の第一層の軒下のには、彩色された十二支の
彫刻がありました(4面×3)

鐘   楼    経   堂
 


水子地蔵     常寂光堂
 

  書   院     
   

権現宮にある鳥居 鎮守権現宮

降臨の滝 滝の説明板

この瀧に白髪の仙人が現れ、聖観世音の像を
手渡したとされています
 

護 摩 堂 社 務 所
 

  観 音 院     
   

愛 染 堂     お夏清十郎之墓


 
映画化・浄瑠璃・歌舞伎などで取り上げられた
『お夏清十郎』の墓がありました

  通 天 橋     
 
通天橋を渡ると行基堂~水間公園へと続きます
 

行基堂(開山堂)     鏡池と瑞泉堂
   

弁 天 堂 閼伽井戸
   

白衣観音     薬 師 堂
 

鐘   楼     石臼観音像
   
  水間公園の桜