府 県 |
奈良 |
朱印番号 |
K25/K26 |
寺
社 名 |
大安寺 |
別称 etc |
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所
在
地 |
奈良県奈良市大安寺2丁目18-1 |
山
号 |
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参
拝 日 |
H30.10.25 |
宗
派 |
高野山真言宗 |
主な札所 |
神仏霊場巡拝の道 第17番 |
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大和十三仏霊場 第13番 |
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聖徳太子霊跡 第23番 |
御
本 尊 |
十一面観音 |
特記事項 |
JR桜井線の京終駅から西へ1.7kmの所にあります。
(JR・近鉄の奈良駅からバスで大安寺下車し西へ800m)
拝観資料や略史によると、癌封じ笹酒祭りで知られる
大安寺は日本最古の寺の一つで、 南都七大寺(*)の一
つになっています。聖徳太子が平群郡額田部に熊凝道
場を創建したことに始まります。やがて百済大寺、高
市大寺、大官大寺と名と所を変え、平城京に移って大
安寺となりました。そもそも百済大寺の造営は、聖徳
太子の遺言によるものであったとされ、舒明天皇がま
だ田村皇子と呼ばれた頃、聖徳太子の病が重くなった為、推古天皇は皇子を見舞いに遣わしました。太子は
自らが熊凝村に建てた精舎を、御世御世の天皇のため
に大寺となし永く三宝を伝えてほしいと皇子に遺言し
ました。太子の付嘱をうけて皇子は舒明天皇となった時、百済川の畔に熊凝精舎を移し建て百済大寺としま
した。九重の塔を持つ当時最大の大規模な伽藍であっ
たとされています。数年前に桜井市にある吉備池から
巨大な寺跡が発掘され,吉備池廃寺と名付けられました。その群を抜いた規模からこれが従来云われてきた
幻の大寺、百済大寺に違いないと考えられています。
私が参拝したときも山門の前が発掘調査中で、調査の
方から資料を戴き説明をしてくださいました。
(*)東大寺・西大寺・興福寺・薬師寺・元興寺・
大安寺・法隆寺
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