京都
朱印シュイン番号バンゴウ J37
寺 社 名 金福寺
ベツショウ etc  
トコロ ザイ 京都市左京区一乗寺才形町20
     佛日山
サン オガ H30.12.02
宗   派 臨済宗南禅寺派
オモな札所  
   
   
ホン ソン 聖観音菩薩
特記トッキ事項ジコウ
 叡山電鉄の一乗寺駅から東へ9kmの所にあります。
拝観資料の由来によると、佛日山金福寺は貞観6年
(864) 安恵僧都が慈覚大師・円仁の遺志により創建
し、大師自作の観音像を本尊として安置されました。
もとは天台宗の寺でしたが、後一時荒廃し、江戸時
代中期、圓光寺の沢雲長老の法嗣鉄舟和尚が再興し、
臨済宗南禅寺派となり今日に至っています。又、当
寺は松尾芭蕉と与謝蕪村にゆかりのある俳句の聖地
となっています。元禄時代、芭蕉は山城(京都)を吟
行した頃、当寺の草庵で閑居していた住職・鉄舟和
尚を訪れ、風雅の道について語り合い親交を深めま
した。後、和尚はそれまで無名であった庵を「芭蕉
庵」と名づけ、蕉翁の高風をいつまでも偲びました。
又、舟橋聖一の歴史小説『花の生涯』などのヒロイ
ン村山たか女の終焉の寺としても知られています。
秋には山門や芭蕉庵付近が紅葉で染まり大変美しい
です。又、この寺を北上すると詩仙堂・圓光寺があ
り、更に北上すると曼殊院・修学院離宮と続きます。
併せて参拝してみてはと思います。
   
 

 

<拝観券/拝観資料>
     

 

石畳の階段と紅葉     山   門

山門前からの紅葉は一際美しい

受  付     境内本堂への入口

本堂と庭園     本  堂

蕪村筆『芭蕉翁像』     南蕪村筆『江山清遊の図』

蕪村筆『洛東芭蕉庵再興記』     蕪村と百地の句碑

蕪村:花守は野守に劣るけふの月
百地:西と見て日は入りにけり春の海

  芭蕉庵の由来板     
   

芭 蕉 庵     芭 蕉 庵

芭 蕉 碑      中川四郎の句碑

「時雨るるや 軒の干菜の 錣(しころ)釣り」

松村呉春の碑     筆  塚

蕪村の墓     呉景文の墓

森川曾文の墓     弁 天 堂