県 京都
朱印シュイン番号バンゴウ J19
寺 社 名 賀茂別雷神社
ベツショウ etc 上賀茂神社
トコロ ザイ 京都府京都市北区上賀茂本山339 
      
サン オガ H30.05.11
      
オモな札所 神仏霊場巡拝の道102番(京都22番) 
   
   
主 祭 神 賀茂別雷大神
特記トッキ事項ジコウ  
 地下鉄烏丸線の北山駅から北西へ 2kmの所にあり
ます。上賀茂神社の正式名は賀茂別雷神社です。御
祭神は賀茂別雷大神で、雷神様の一人です。昔、上
賀茂の北にある美しい円錐形をした神山に、賀茂別
雷大神が降臨したのが上賀茂神社の由来といわれて
います。天武天皇の時代(678年) に現在の社殿の基
が造営されました。欽明天皇の時代(539~571年)
に国中が天災に見舞われ、庶民が非常に貧窮してい
たので、欽明天皇が卜部伊吉若日子に天災の原因を
占わせたところ、賀茂大神の祟りであることがわか
りました。そこで、 4月吉日を選び馬に鈴をかけ、
人は猪頭をつけて盛大に祭りを行いました。その結
果、五穀は実り、天下泰平になったそうです(賀茂
縁起より)。そのようなこともあり、上賀茂神社は
多くの人々から信仰されるようになりました。なか
でも皇室からの崇敬は厚く、桓武天皇が平安遷都の
年である延暦13年(794年)に初めて上賀茂神社に行
幸し、大同2年(807年)には朝廷から最高位である
正一位の神階を受けました。さらには武家の参社も
相次ぎ、鎌倉幕府以降は、足利義満、織田信長、豊
臣秀吉、徳川家康、徳川家光なども上賀茂神社に参
拝したそうです。本殿・権殿の国宝をはじめ、桜門
・舞殿・土屋・片岡橋等建物だけでも30以上の重文
があります。
  
 

 

<御朱印の薄紙>
 



     

 

一の鳥居     二の鳥居

立砂と細殿(拝殿)    舞殿(橋殿)

外幣殿(御所屋)   楽   屋  

 土屋(重文)      土屋(重文)
 

  手 水 舎     片 岡 橋 (重文)
 

 玉橋(重文)と桜門(重文)     片山御子神社〔片岡社〕(重文)
 

須波神社(重文)    中   門 (重文) 参拝所
 

幣 殿(祈祷殿)     祝 詞 屋 (重文)


中門の参拝所のすぐ前にあり、この後ろに本殿(国宝)と
権殿(国宝)があります

川 尾 社     山尾社・新宮神社前の門

の中へは入られませんでした


新宮神社(重文)     渉 渓 圓

願い石   (渉渓圓)     賀茂山口神社拝殿 (渉渓圓)

序 屋〔北神饌所〕 (重文) 高床式校倉造りの建物
 
序屋の横にあり、昔は米蔵に使用されていたようです

社 務 所 客  殿

 

 参 籠 殿 外幣殿(御所屋)     
 

  神 馬 舎