京都
朱印シュイン番号バンゴウ J08
寺 社 名 落柿舎
ベツショウ etc  
トコロ ザイ 京都市右京区嵯峨小倉山緋明神町20
      
サン オガ H30.03.17
宗   派  
オモな札所  
   
   
ホン ソン  
特記トッキ事項ジコウ
JR山陰本線の嵯峨嵐山駅から西へ1.3km(嵐
電の嵐山駅からは北西に1.2km)の所にあり
ます。落柿舎は俳人の向井去来が営んだ庵
です。去来は芭蕉の門人で、師翁の言葉に
「洛陽に去来ありて鎮西に俳諧奉行なり」
と称えられました。去来が落柿舎を営んだ
のは1687年以前で、芭蕉も三度来庵し1691
年には 4月18日から5月4日迄滞留し、その
間に『嵯峨日記』を誌しました。現在の落
柿舎は、蝶夢門下の井上重厚が1770年に再
建したものです。落柿舎の名の由来は、庭
に柿の木が40本あり、去来はその柿の実を
老商人に売る約束をしていましたが、柿の
実が一夜のうちに殆ど落ちつくし、代金を
老商人に返しました。このことから去来は
自らを『落柿舎の去来』というようになっ
たそうです。嵯峨野の地に、茅葺屋根の建
物が2棟あるだけの、ひっそりとした所ですが、どこか懐かしさが漂う閑静な風情のあ
る佇まいです。庭には俳句の石碑が多くあ
りました。
  
 

 

去来の俳句の朱印   <拝観券>

春風に吹出されけり水の胡蘆 去来
 

「柿ぬしや梢はちかきあらし山」 去来














     

 

 

玄 関 口     本  庵

本庵の室内    落柿舎制札
 

 

次   庵     高浜虚子の句碑

「凡そ天下に去来程の小さき墓に参りけり」

 


 芭蕉の句碑     庭のししおどし

「五月雨や 色紙へぎたる 壁の跡」

 

可都三の句碑     去来の句碑

「草の戸やわが名月の山はなれ」   

「柿ぬしや梢はちかきあらし山」