府 県 |
大阪 |
朱印番号 |
H34 |
寺
社 名 |
志紀長吉神社 |
別称
etc |
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所
在
地 |
大阪市平野区長吉長原2-8-23 |
山
号 |
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参
拝
日 |
R01.10.31 |
宗
派 |
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主な札所 |
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主 祭
神 |
長江襲津彦命、事代主命 |
特記事項 |
地下鉄谷町線の長吉駅から北西に500mの所に
あります。神社の由緒によると、日本最古の書
物 古事記・日本書紀に載せられている延喜式
内社で、 鎮座したのは平安初期頃(794年)とい
われています。後朱雀・後冷泉天皇の祭りの場
となった場所としても知られています。社名は
『延喜式』の神名帳にも記録が残っていて、室
町時代から戦国時代には「永原大宮」と称され
四天王寺や住吉大社と同様に、地域支配の核と
なる社寺として。地域支配の政治的・経済的な
拠点として重要な役割を果たした神社であった
ことが記録されています。江戸時代には日蔭大
明神と称し、牛頭天王をまつり、祈雨祈願に霊
験あらたかであるとして、信仰を集めていまし
た。神仏習合の時代、神に仕える目的から神社
に付属して営まれた寺院、即ち「神宮寺」とし
て「阿弥陀寺」と号し、その僧侶が記した縁起
も神社に伝来しています。また、明治以降の神
仏分離の際にも散逸せず、神社に神宮寺関係の
史料がいくつか伝来しており、いくつかは大阪
市指定文化財として、大阪市立博物館に保管さ
れています。明治5年に旧郷社に列せられたこ
ろは、旧長吉、瓜破、恵我、大正、藤井寺の各
村の総氏神でしたが、現在は長吉一円の氏神で
す。真田幸村とゆかりがあり、境内には六文銭
の旗が多く掲げられていました。
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