大阪
朱印シュイン番号バンゴウ G29
寺 社 名 道明寺
ベツショウ etc  
トコロ ザイ 大阪府藤井寺市道明寺一丁目14番31号 
     蓮土山
サン オガ H29.09.30
宗   派 真言宗御室派
オモな札所 聖徳太子霊跡3番
  河内飛鳥古社寺5番
  尼寺三十六箇所23番
ホン ソン 十一面観音菩薩(国宝)
特記トッキ事項ジコウ
  近鉄大阪線の道明寺駅から西に 500mの所
にあります(土師ノ里駅からだと南に500m)。
拝観資料の略縁起によると、当寺は菅原道真
公が信心をこめて自ら刻まれた国宝十一面観
世音菩薩像を御本尊とする古義真言宗の尼寺
です。仏法に帰依される処深かった聖徳太子
がこの地に尼僧の寺院を建立されるに当り、
代々仏教文化導入に積極的であった土師氏が
邸宅を寄進し、東西三百二十米、南北六百四
十米の広大な境内に五重の塔、金堂等をはじ
めとする七堂伽藍の完成を見ました。これが
当時の前身土師寺で、その後土師氏の後裔・
菅原道真公に依って道明寺と呼び改められる
処となり、数多くの仏像、教典美術工芸品、
薬品等を宝蔵していました。菅原道真公が太
宰府に下向されたとき、叔母の覚寿尼を訪れ
て当時に立寄られ一首を残されています。
『啼けばこそ別れもうけれ鶏の音の 鳴から
む里の暁もかな』
戦国時代に入り、高屋の兵
乱に当寺も焼失しましたが、之を惜しむ織田
信長、豊臣秀吉、徳川代々の将軍家等の屁護
によって復興が成り朱印地に認められました
。明治五年に神仏分離令に従って堂宇一切を
天満宮境内より移し境内の拡張を経て大正八
年には本堂の落成をみ、多宝塔を加えて現在
に至っています。本堂には菅原道真の作とさ
れる、国宝の『木造十一面観音立像』があり
ます。道真ゆかりの寺院に相応しく、多く
の梅の木があり、参道・境内には梅のほのか
な馨りが漂よっています。
           
 

 

<拝観資料>

  寺号標と参道     
   

桜   門     縁 起 板
   

手 水 舎     石碑(英文)
     

観音像(奥)と石仏(前)     歌碑と地蔵像
 

 

 本   堂     大 師 堂

護摩堂 (南から)    護摩堂 (西から)
   

本堂北側  十三重石塔

十三重石塔と庫裏が見えます

 楚   石  

住職の六条照瑞さんのお家のようです

 中   門        古代道明寺五重塔礎石
 
 道明寺天満宮から南へ100mの所にありました。