京都
朱印シュイン番号バンゴウ F47
寺 社 名 六道珍皇寺
ベツショウ etc 六道さん
トコロ ザイ 京都市東山区大和大路通四条下ル4丁目小松町595
     大椿山 
サン オガ H29.12.03
宗   派 臨済宗建仁寺派
オモな札所  
   
   
ホン ソン 薬師如来
特記トッキ事項ジコウ
  京阪の祇園四条から南東に1km(清水五条
からは北東に1km)の所にあります。略縁起
によると、京都では『六道さん』の名で親
しまれています。『六道』とは、 仏教の
教義でいう地獄道.餓鬼道.畜生道.修羅道.
人道.天道の六種の冥界をいい、人は因果
応報により、死後はこの六道を輪廻転生す
るといいます。この六道の分岐点で、いわ
ゆるこの世とあの世の境の辻が、古来より
当寺の境内あたりであるといわれ、冥界へ
の入口とも信じられてきました。小野篁が
夜毎に冥府通いのため、当寺の本堂裏庭に
ある井戸をその入口に使っていたとされて
います。開基は、奈良の大安寺の住持で弘
法大師の師にあたる慶俊僧都で、782年~
805年に開創されました。古くは愛宕寺
(おたぎでら)とも呼ばれていました。こ
の珍皇寺は、もとは真言宗で、平安・鎌倉
期には東寺を本寺として多くの寺領と伽藍
を有していましたが、中世の兵乱にまきこ
まれ荒廃することとなり南北朝期の1364年
に建仁寺の住持であった聞溪良聰により再
興・改宗され、現在に至っています。
       
 
 

 

<御朱印の薄紙>


略縁起



 

 

山   門     由 緒 板
 

 薬 師 堂       水子祠堂
   

地 蔵 堂   地 蔵 堂
   

 

石塔婆と本堂     「三界万霊十方至聖」の石塔婆
 

  本   堂     
   

本堂内庭園   左:竹林大明神 右:小野篁の冥土通いの井戸  

 
本堂背後の庭内には、篁が冥土へ通うのに使ったという
井戸があります

  閻 魔 堂     
     

閻魔大王坐像   左:冥官  中:小野  右:獄卒立像

閻魔堂の左ののぞき窓から見えます

閻魔堂の右ののぞき窓から見えます

  迎  鐘 (鐘楼)     
 
建物中央下に太い綱があり、これを引くと鐘がなります
(使用後は綱を押し込んでおきます)