京都
朱印シュイン番号バンゴウ F26/F27/P01
寺 社 名 知恩教院 大谷寺
ベツショウ etc 知恩院
トコロ ザイ 京都市東山区林下町400 
     華頂山
サン オガ H29.08.26
宗   派 浄土宗
オモな札所 法然上人二十五霊跡25番 
   
   
ホン ソン 法然上人像(本堂)・阿弥陀如来(阿弥陀堂)
特記トッキ事項ジコウ
  地下鉄東西線の東山駅から南東へ600m、京阪本線の祇園四条駅から東へ800m、阪急京都線の河原町駅からは東へ1.2kmの所にあります。
寺院の歴史によると、 法然上人が承安5年(1175)に吉水の地に草庵を置き、浄土宗を開祖しましたが、入寂した後、文暦元年(1234)に、源智上人は、荒れるがままの墓所を修理し遺骨を納め、仏殿、御影堂、総門を建て、知恩院大谷寺と号し、法然上人を開山第一世と仰ぐようになりました。知恩院という名は、遺弟たちが上人への報恩のために行った知恩講に由来します。浄土宗の総本山として知恩院の地位が確立したのは、室町時代の後期とされています。又、知恩院の建物が拡充したのは徳川時代になってからのことです。徳川家康、秀忠、家光らの保護により現在の壮大な伽藍が形成されました。境内には、国宝の御影堂や三門、重要文化財の勢至堂、集会堂(法然上人御堂)、大方丈、小方丈、経蔵、唐門、大鐘楼など文化財指定の建造物が建ち並んでいます。
特に三門は1621年に徳川秀忠によって建立された我が国最大級の木造二重門で、前に立つとその重厚さには圧倒されます。又、鐘は日本三大梵鐘のひとつで、除夜の鐘でも有名です。御影堂は国宝で、現在大修理中ですがこの期間、建物内部の工事の様子が見学できその規模の大きさに感動しました。又、御影堂には左甚五郎の『忘れ傘』や『鶯ばりの廊下』など見どころが多くあります。
    
 

 

<法然上人> <御詠歌> <勢至菩薩>
   

 

<拝観券> <拝観資料>

       

 南   門

 
 

 

三  門 (国宝)     三  門 (国宝)

内高さ24m・幅50mの日本最大の木造二重門です
 

     

禅苑の拝観入口     
 普陀落の池   聖観音菩薩立像
高村光雲作だそうです
     
 華 麓 庵  
 白 寿 庵    宮崎友禅斎の像

『友禅染』の祖、宮崎友禅斎の像です
鹿 野 園
  鹿 野 園
     

男    坂     女    坂

三門から続く少し勾配のある坂道階段です
 
男坂の左側にある穏やかな勾配の坂道階段です


泰平亭(休憩所)      御 水 屋 
   

 

鎮 守 堂     鎮守社前の建物

納骨堂への参道    納 骨 堂
   






 

大鐘楼(重文)    大 鐘  (重文)

高さ3.3m、口径2.8m、重量70トンの大きな鐘楼で、
日本三大梵鐘の一つされています。大晦日の除夜
の鐘としても有名です

経 蔵 (重文) 南側より     経 蔵 (重文) 西側より     
 

  玉 佛 殿  
   

多 宝 塔     阿弥陀堂
 

御影堂(平成の大修理中)     御 影 堂 (国宝)
 

  御影堂大屋根の下(左甚五郎の忘れ傘 )      甚五郎の忘れ傘   
 

御影堂に向かって左側の大屋根の下に
 

阿弥陀堂から御影堂への廊下    御影堂内部(平成の大修理中)



この時期、幸運にも内部を見ることができましたが、
足場はまるでビルの建築現場のような迫力でした。

 

  方 丈 (重文)     
 
この日は方丈庭園には入れず、智慧の道から撮影しました
 

写 経 塔

 
唐 門 (重文)
御廟への参道階段(智慧の道)
 一 心 院

  一 心 院
勢至堂・御廟への入口門
 
   勢至堂(重文)

法然上人の終焉の地(大谷の禅房の旧跡)に建てられた、
知恩院で最古の建物です

 勢至堂前の鐘楼  与板大仏仏頭
    御廟拝殿
御廟拝殿
  御 廟 (奥)

千姫の墓
 
 
濡髪大明神
 
紫 雲 水
 御廟の崖下に紫雲水という小さな池があり、法然上人ご入滅の時、聖衆が来迎し紫雲が水面に現れ、芳香が漂ったという
言い伝えがあります
   

四 脚 門     武家門 (法然上人御堂入口)

寺 務 所    新 玄 関

北    門    黒 門 阪

  黒 門 阪       
   

 

黒 門 (内側)    黒 門 (外側)