滋賀
朱印シュイン番号バンゴウ E19/J14/R19/R20
寺 社 名 西教寺
ベツショウ etc  
トコロ ザイ 滋賀県大津市坂本5丁目13-1大津市
     戒光山 
サン オガ H28.11.12
宗   派 天台真盛宗 
オモな札所 神仏霊場巡拝の道148番
   
   
ホン ソン 阿弥陀如来(重文)
特記トッキ事項ジコウ
  京阪の石山坂本線の坂本駅から北西へ1.4
kmの所にあります。寺院の縁起によると、聖
徳太子が、恩師である高麗の僧慧慈、慧聡の
ために創建されたと伝えられています。その
後、長らく荒廃していましたが、慈恵大師良
源上人が復興、念仏の道場としました。恵心
僧都も入寺、修業されたところから、次第に
栄えるようになりました。鎌倉時代の正中2
年(1325)に入寺された恵鎮(円観)上人は、
伝教大師が畢生の事業として提唱された大乗
円頓戒を復興、その後百有余年を経た文明18
年(1486)に真盛上人が入寺されるに至り、堂
塔と教法を再興、不断念仏の道場とされまし
た。以来全国に約四百余りの末寺を有する総
本山となりました。元亀2年(1571)織田信長
の比叡山焼き討ちの際、当寺も災禍を被りま
した。その直後に築かれた坂本城の城主とな
ったのが明智光秀でした。光秀は西教寺の檀
徒となり、復興に大きく力を注ぎました。総
門は坂本城城門を移築したもので、鐘楼堂の
鐘は陣鐘です。天正10年にこの世を去った光
秀は6年前に亡くなった内室熙子や一族の墓と
ともに祠られています。 ここから1.3km程南
には日吉大社があります。春には桜、秋には
紅葉とどちらも美しい風景が観られます。
      
 

 

<不断念仏>  <不断念仏>  <悲攝大師>    <御詠歌> 
     


<拝観券>   <拝観資料> 
   

<拝観資料>       <境内参拝順路図> 
     

 

穴太積みの町並み       千体地蔵

日吉大社から西教寺への道中に自然石をそのまま組み上げる「穴太積み」と呼ばれる石垣がありました。この地、坂本には多くの石垣が数多く残されていて、独特の街並みを形作っています。大津と坂本の間にある穴太が発祥とのことです。
 
西教寺から日吉大社へ向かう道中、県道47号線を下っていると、千体地蔵の看板があり、これを右に曲がり山沿いの道を歩いているとありました。

総門前の寺号標       総   門
 

参道(秋の紅葉)   参道(春の桜)
 

 

禅 智 坊 禅 明 坊
   
 蓮 心 坊 徳 乗 坊 
 

総門をくぐると参道の左右に7つ
の塔頭が並ん
でいます
 
聞 證 坊   実 成 坊




 
 禅 林 坊
   

 

 勅使門前の参道     勅 使 門 

 

勅 使 門    教学総合センター

 

 水屋(宗祖大師殿横)     宗祖大師殿(唐門)
   

宗祖大師殿(北門)      宗祖大師殿
 

 

高台りからの境内参道       高台からの境内
宗祖大師殿前の高台からは、境内が一望でき、遠くには琵琶湖も見えます

 

十三重石塔    本堂への参道石段
 

 

 手 水 舎     観 音 堂 

 

本  堂(重文)   本  堂(重文) 
   

 

納 骨 堂     鐘 楼 堂(重文)
   

 

正 教 蔵     客 殿(重文)
 

 

←大 本 坊→   
 
 ←書院庭園


大本坊の玄関口から入ると、本坊・本堂・客殿・書院などの伽藍が廻廊で、繋がっていて、廊下を歩きながら様々な美しい庭園を満喫できます。
←客殿庭園




回廊の中心部→

 

 宝篋印塔     二十五菩薩群像

 

 明智光秀一族の墓     放生池(右)と宗祖真盛上人廟への参道
   

 

   由来書板