府 県 |
和歌山 |
朱印番号 |
E13/R14/R15 |
寺
社 名 |
根来寺 |
別称 etc |
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所
在
地 |
和歌山県岩出市根来2286 |
山
号 |
一乗山 |
参
拝 日 |
H28.09.27 |
宗
派 |
新義真言宗 |
主な札所 |
神仏霊場巡拝の道 第9番 |
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真言宗十八本山 第17番 |
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近畿三十六不動尊 第34番 |
御
本 尊 |
大日如来 |
特記事項 |
JR和歌山線の岩出駅から北へ 5kmのにありますが、岩出駅或いは南海樽井駅から根来寺行きのバ
スが出ています(本数が少ないので事前の調査が
必要)。拝観資料・由来によると、根来寺は、長
承元年(1132)に高野山に開かれた大伝法院を始
まりとする新義真言宗の総本山です。開祖・興教
大師覚鑁(かくばん)上人は、嘉保2年(1095)
に肥前国(現在の佐賀県)に生まれ、13歳のとき
京都・仁和寺の寛助僧正について出家し京都・奈
良で勉学に励んだのち20歳で高野山に登りまし
た。当時の高野山は衰退期を迎えていたため、弘
法大師の真言密教を正しく伝える必要を痛感し、
鳥羽上皇の庇護を得て伝法会の再興を成し遂げ、
教学の興隆に専念しました。しかし覚鑁の名声が
あがるにつれ一部の高野衆徒との間に不和を生
じ、荘園領地内の末寺・豊福寺がある根来に移
り、康治2年(1143)にこの地で49歳の生涯を閉
じました。13世紀になると頼喩僧正が新義教学の
確立という大業をなしとげ、15~16世紀には全国
から学問を志す僧侶が集まる大寺院として繁栄し
ましたが、やがて豊臣秀吉と対立することにな
り、天正13年(1585)に大塔などの主要伽藍を残
して全山焼失しました。しかし江戸時代には徳川
家の外護のもと、覚鑁上人の霊跡として復興への
道を歩み続けました。現在の境内は36万坪ありま
す。桜・青葉・紅葉等、四季を通して美しく、特
に紅葉の頃は、もみじ谷を中心に真意鮮やかな景
色が楽しめます。平成19年には国指定の史跡にな
りました。大塔は日本最大の木造の多宝塔で国宝
となっています。又大門・大師堂・不動堂等多く
の建物が重文になっています。
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