府 県 |
兵庫 |
朱印番号 |
E02 |
寺
社 名 |
生田神社 |
別称 etc |
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所
在
地 |
兵庫県神戸市中央区下山手通1丁目2-1 |
山
号 |
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参
拝 日 |
H27.11.30 |
宗
派 |
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主な札所 |
神仏霊場巡拝の道66番 |
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主 祭
神 |
稚日女尊 |
特記事項 |
JRの三ノ宮・阪急の三宮駅から西へ500mの所
にあります。拝観資料・境内の御由緒板等によ
ると、神功皇后元年(西暦201年)に三韓外征の
帰途、皇后の船が海中に回って進むことが出来
なかったために、神占を行ったところ、稚日女
尊が現れ、「私は活田長峡国に居りたい」と言
われたので、海上五十狭茅という者を神主とし
て祀られました。又、新羅からの客人に当社で
醸造した神酒を振舞っていたことが伝えられて
います。その由縁から毎年神酒を醸造し、新羅
の客人が来朝するたびに邪気を祓う為、生田の
地で醸された神酒を振舞いました。当初は砂山
に鎮座していましが、 延暦18年(西暦799年)に
洪水で布引の渓流が氾濫し、砂山西端が崩壊し
社殿が傾斜する被害が及んだため、生田村の刀
禰七太夫がご神体を背負い7、8日間鎮座地を
探し巡り、生田の森に至った時、突然背負った
ご神体が重くなりこれ以上歩けなくなった。こ
れはご神意であろうとその場所安置しました。
大同元年(806)に朝廷より当社のために、お供
えする家、世話をする家、守る家である神戸
(かんべ)44戸を頂いたとあり、この『かんべ』
が『こんべ』となり現在の『こうべ』となった
と伝わっています。神戸の繁華街の真っ只中に
ありますが境内は広く、側には鎮守の森が広が
り、『生田の森』と呼ばれ、市民の憩いの場に
もなっています。
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