府  県 大阪
朱印シュイン番号バンゴウ D01
寺 社 名 太融寺
ベツショウ etc  
トコロ ザイ 大阪市北区太融寺町3-7
山   号 佳木山
サン オガ H27.09.26
宗   派 高野山真言宗
オモな札所  新西国三十三箇所観音霊場第2番
  神仏霊場巡拝の道第51番
  近畿三十六不動尊霊場第6番
本 尊ミコト 千手千眼観世音菩薩
特記トッキ事項ジコウ
 地下鉄御堂筋線の梅田駅から東へ700mの
所にあります。 821年に嵯峨天皇の勅願に
より弘法大師がこの地に創建しました。本
尊の千手観世音菩薩は、嵯峨天皇の念持仏
を下賜され、天皇の皇子河原左大臣源融公
がこの地に八町四面を画して、七堂伽藍を
建立され、浪華の名刹として参詣者でにぎ
わいました。当時を偲ぶ境内は、太融寺町・堂山町・神山町等の町名となって今日に伝わっています。元和元年(1615)の大坂夏の陣の兵火で全焼後、元禄時代に本堂・
南大門など諸堂が復興し『北野の太融寺さん』と親しまれ大いに栄えました。昭和20
年(1945)の戦災で二十余棟の堂宇伽藍を全焼、灰燼と帰しましたが、ご本尊の千手観世音菩薩は無事難をまぬがれました。戦後になって再度再建されました。大阪梅田でビルが立ち並ぶ繁華街の真っ只中にあり、境内は広くはありませんが、諸堂もしっかり建てられ、境内もきれいに整備されていて、非常に落ち着いた雰囲気のお寺です。
    
 

 

    <拝観資料>  

 

 

西門(正門)             西門を入った本堂(西面)

 

本堂(正面)   鐘    楼

   白 龍 社  白衣観音像
   

   淀君の墓   淀の方の経歴が書かれた石碑

十三重石塔 本  坊
   ぼけ封じ観音 宝 塔 (朱色)

 大 師 堂  芭蕉の句碑
 
白菊の目にたてゝみる塵もなし
この句は、芭蕉が元禄7年に大阪の女流門弟の斯波園女の招待をうけて、北浜にあったと言われる園女亭という所でよんだ句だそうで、斯波園女という女性を、目の前にあった白菊に託し、その清楚な人柄を讃えた句である。と伝えられています。

 

  太融寺境内図