府 県 |
京都 |
朱印番号 |
C30 |
寺
社 名 |
相国承天禅寺 |
別称
etc |
相国寺 |
所
在
地 |
京都市上京区今出川通烏丸東入相国寺門前町701 |
山
号 |
萬年山 |
参
拝
日 |
H28.02.11 |
宗
派 |
臨済宗相国寺派 |
主な札所 |
神仏霊場巡拝の道 第99番 |
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御
本
尊 |
釈迦如来 |
特記事項 |
地下鉄烏丸線の今出川駅から北東へ500mの
所、京都御所の真北にあります。拝観資料に
よると、相国寺は正式名称を萬年山相国承天
禅寺といい、足利三代将軍義満が、後小松天
皇の勅命をうけ、約10年の歳月を費やして明
徳3年(1392)に完成した一大禅苑です。夢窓
国師を勧請開山とし、 五山(*)の上位に列せ
られる夢窓派の中心禅林でした。その後、応
仁の乱の兵火により諸堂宇は灰燼に帰しまし
たが度重なる災禍にもかかわらず、当山は禅
宗行政の中心地として多くの高僧を輩出し、
室町時代の禅文化の興隆に貢献しました。後
に豊臣氏の外護を受けて、慶長10年(1605)
豊臣秀頼が現在の法堂を建立し、慶長14年に
は徳川家康も三門を寄進しました。また後水
尾天皇は皇子穏仁親王追善の為、宮殿を下賜
して開山塔としました。他の堂塔も再建しま
したが、天明8年(1788)の大火で法堂・浴
室・塔頭9院の他は焼失しました。文化4年
(1807)に至って、桃園天皇皇后恭礼門院旧殿
の下賜を受けて開山塔として建立され、方
丈・庫裏も完備され壮大な旧観を復するに至
りました。多くの院や塔頭があり、何とあの
金閣寺・銀閣寺も山外塔頭になっています。
又、文化的にも画僧の周文や雪舟等のこの相
国寺の出身です。
(*)南禅寺(別格)・天龍寺(第1位)・相国寺
(第2位)・建仁寺(第3位)・東福寺(第4
位)・万寿寺(第5位)
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