府  県 京都
朱印シュイン番号バンゴウ C28
寺 社 名 妙満寺
ベツショウ etc  
トコロ ザイ  京都市左京区岩倉幡枝町91
山   号 妙塔山 
サンオガ H28.01.31
宗   派 顕本法華宗 
オモな札所  洛中法華21ヶ寺 
   
   
ミコト 三宝尊
特記トッキ事項ジコウ
  叡山電鉄の木野駅から南へ600mの所にあります
妙満寺を創建した日什大正師は、もとは天台宗で
名を玄妙といい、比叡山三千の学頭にまでなった
人でした。故郷の会津で日蓮大聖人の教えに触れ
ると、67才という高齢にもかかわらず宗を改め日
什と名乗り、日蓮門下に入りました。そして、日
蓮大聖人の遺志である教えの普及を想い、都に上
がり、時の帝・後円融天皇に上奏。二位僧都の位
と「洛中弘法の綸旨」を賜り、 1389年に六条坊
門室町に妙塔山妙満寺を建立し、根本道場としま
した。その後、応仁の乱など幾度かの兵火に遭い
そのつど洛中に寺域を移し興隆してきましたが、
1536年に比叡山の僧徒による焼き討ちで21坊の大
伽藍を類焼。そして、1583年に豊臣秀吉の時代に
寺町二条に移され 400年にわたり「寺町二条の妙
満寺」と親しまれてきました。その後、近代にな
り日常の喧騒を避けるため、昭和43年に「昭和の
大遷堂」を挙行。現在の岩倉の地に移り今日に至
ります。境内に入ると仏舎利を納めたインドブッ
ダガヤ大塔を模した仏舎利塔が目に付きます。本
坊の「雪の庭」は松永貞徳の造営で、清水寺成就
院の「月の庭」、北野成就院(廃寺)の「花の庭」
と共に当時、雪月花三名園と呼ばれたようです。
     
 
<拝観資料>

 

 

妙満寺の石柱 山    門
 
 

方   丈 庫裏と方丈

仏舎利大塔 本    堂
 



境内全景 方丈遠景