府 県 |
京都 |
朱印番号 |
C14 |
寺
社 名 |
本能寺 |
別称 etc |
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所
在
地 |
京都市中京区寺町通御池通下ル下本能寺前町532 |
山
号 |
なし |
参
拝 日 |
H27.10.04 |
宗
派 |
法華宗本門流 |
主な札所 |
洛中法華21ヶ寺 |
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御
本 尊 |
三宝尊 |
特記事項 |
地下鉄東西線の京都市役所前駅から徒歩すぐ
又、阪急の四条河原町駅から北へ 1kmの所にあ
ります。こんな所に本当にあるのと疑いたくな
るような繁華街のビルの谷間にあります。拝観
資料によると、本能寺は景勝の地京都鴨川のほ
とりに法華宗の法灯を掲げ続けています。しか
し本能寺が日蓮大聖人の教えを弘める法華宗本
門流の大本山であることは以外と知られていま
せん。本能寺は日隆聖人を御開山と仰ぎ『法華
経』の根本義と日蓮聖人の真意を説き明かし、
お題目を唱えて信じ行ず大霊場です。日蓮聖人
の教えの真意は『「法華経」の本門八品に説か
れた上行所伝本因下種の「南無妙法蓮華経」に
全身全霊を捧げ、本門のお題目を信じ唱えるほ
か成仏の道はない』という教えです。人々に
「南無妙法蓮華経」を信奉させ、口に唱えさせ
ることが日蓮大聖人の生涯の念願でした。開山
の日隆聖人は応永22年(1415)に伯父にあたる
日存・日道両聖人と共に妙本寺(現在の妙顕寺)
の綱紀の粛清に務めましたが、志を遂げられず
同寺を去りました。そして油小路高辻と五条坊
門の間に本応寺を建立し、日蓮大聖人の念願で
ある人々の口に「南無妙法蓮華経」を唱えさせ
るべく教化を始めました。本能寺は1415年から
1432年までは「本応寺」と寺名を使い、1433年
から現在まで「本能寺」を使用している。その
理由は『本門八品相応能弘之寺』という言葉か
ら付けられたようです。本能寺の変などで焼失
後、1589年に豊臣秀吉の命により現在地に移転
しました。現在の建物は1928年に建立したもの
で、境内には織田信長の供養塔があります。又、
文化財として『藤原行成』筆古詩残巻などの国
宝があります。
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