府  県 京都
朱印シュイン番号バンゴウ B38/N01/N02
寺 社 名 智積院
ベツショウetc 総本山智積院
トコロ ザイ 都市東山区東大路通七条下ル東瓦町964
山   号 五百佛山
サンオガ H27.05.16
宗   派 真言宗智山派
オモな札所  真言宗十八本山7番
  近畿三十六不動尊20番
  京都十三仏霊場1番
ご 本 ミコト 金剛界大日如 
特記トッキ事項ジコウ
 京阪本線の七条駅から東へ900m分の所にあ
ります。真言宗の宗祖である弘法大師空海が
高野山でご入定したのは835年でした。 それ
から約260年後、 興教大師・覚鑁が高野山に
大伝法院を建て、荒廃した高山の復興と真言
宗教学の振興におおいに活躍しました。それ
ゆえに興教大師は「中興の祖」と仰がれてい
ます。その後、1140年に修行の場を高野山か
ら、同じ和歌山県内の根来山へと移し、ここ
を根本道場としました。根来山は、大いに栄
え、最盛時には、2900もの坊舎と、約6000人
の学僧を擁するようになります。智積院は、
その数多く建てられた塔頭寺院のなかの学頭
寺院でした。しかし巨大な勢力をもつに至っ
たため、豊臣秀吉と対立することとなり、秀
吉の軍勢により、根来山内の堂塔のほとんど
が灰になってしまいました。その後1601年に
徳川家康の恩命により、玄宥僧正に東山の豊
国神社境内の坊舎と土地が与えられ、名実と
もに智積院が再興されました。真言宗智山派
本山の寺院で、多くの伽藍があり、長谷
川等伯一派による桜・楓図(国宝)等、貴重
な文化遺産が多数あります。又、大書院前の
庭園は桃山時代に造られた庭園で、中国の廬
山を形どって作られた利休好みの庭として有
名です。名勝庭園に指定されており非常に美
しいものです。
    
 
 

<大日如来> <智慧不動> <不動明王>
       

 

<拝観券> <拝観資料> <拝観資料>
       

 

勅 使 門    冠  木  門
 

 

本堂への参道      仏 足 石
 

 

本 堂 -2014年-    本 堂 -2019年-

 

明 王 殿 -2014年-    明 王 殿 -2019年-
 

 

大 師 堂  鐘 楼 堂

  境内の桔梗   
   

講堂北側通路    大書院内の障壁画(複製)

大書院内の障壁画(複製)    大書院内の障壁画(複製)

大書院からの庭園    大書院からの庭園
   

書院内の中庭    書院から講堂への渡り廊下
   

講堂内の部屋    講堂内の部屋
   

講堂廊下(南側)    講堂廊下(東側)