府 県 |
京都 |
朱印番号 |
B32/F34 |
寺
社 名 |
東寺 |
別称
etc |
教王護国寺(正式名) |
所
在
地 |
京都市南区九条町1 |
山
号 |
八幡山 |
参
拝 日 |
H27.05.09 |
宗
派 |
東寺真言宗 |
主な札所 |
洛陽三十三所観音霊場第23番 |
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真言宗十八本山第9番 |
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神仏霊場巡拝の道 第84番 |
御
本 尊 |
薬師如来 |
特記事項 |
JRの京都駅から西南西に 1.2kmの所にありま
す。当寺の資料によると、延暦13年(794年)、
桓武天皇により築かれた平安京は都の正門、羅
城門から北へまっすぐに朱雀大路が伸び、その
先に壮麗な大内裏(御所、皇居)がありました。
その羅城門を挟んで、両翼を広げたように建立
されたのが東寺と西寺です。東寺は国の東の王
城鎮護、西寺は国の西の王城鎮護を担う官寺で
した。平安遷都より29年目の冬、桓武天皇のあ
とに即位した嵯峨天皇は、唐で密教を学んで帰
国した弘法大師空海に東寺を託しました。平安
末期、源氏と平家の合戦が起こり、羅城門は崩
れ落ち、東寺、西寺ともに衰退の一途をたどり
ます。やがて時代が鎌倉へと移り、東寺に復興
の兆しが見えてきました。文覚上人の依頼を受
け、運慶が諸像の修復に着手し、1233年には運
慶の子、仏師康勝により弘法大師空海の座像が
完成し、御影堂で法要が始まりました。さらに
後白河法皇の皇女、宣陽門院が財政の基盤をつ
くり、東寺は息を吹き返していきました。一方、
西寺は、1233年に境内に唯一残っていた五重塔
が焼失し、以後西寺が復興することはありませ
んでした。(今は西寺跡となっています)
ここに日本で最初の密教寺院が誕生しました。
真言宗の根本道場であり、真言宗全体の総本山
でもあります。世界遺産にも登録されています。
又、東寺には多くの文化財があり、金堂、五重
塔、御影堂、蓮花門等の建造物をはじめ、木造
五大明王像等、絵画・彫刻・工芸品・書籍など
多くが国宝があります。特に五重塔は京都のシ
ンボルにもなっていて、 高さは約55mあり、木
造塔としては日本一になっています。又、毎月
21には境内に骨董市が立ち『弘法市』として賑
わいます。
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