府 県 |
京都 |
朱印番号 |
B11/N12 |
寺
社 名 |
寂光院・地蔵尊(限定) |
別称
etc |
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所
在
地 |
京都市左京区 |
山
号 |
清香山 |
参
拝
日 |
H31.5.4 |
宗
派 |
天台宗尼寺 |
主な札所 |
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御
本
尊 |
六万体地蔵菩薩 |
特記事項 |
京都バスの大原(バス停)から北西に 1.2kmの所
にあります(西に行くと三千院)。拝観資料の略縁
起によると、寂光院は天台宗の尼寺で、 推古2年
(594) に聖徳太子が父・用明天皇の菩提を弔うた
めに建立されました。当初の本尊は、聖徳太子作
と伝えられる六万体地蔵尊でしたが、平成12年に
発生した火災により焼損したため、復元された本
尊が本堂に安置されています。初代住職は聖徳太
子の御乳人であった玉照姫(548年に出家・日本最
初の三比丘尼の一人で、 慧善比丘尼という)で、
その後、代々高貴な家門の姫君らが法燈を守り続
けてきました。 第二代、阿波内侍(藤原信西の息
女) は崇徳天皇の寵愛をうけた女官であったが、
出家後入寺し、証道比丘尼となりました。建礼門
院に仕え、出家後は入寺し有名な「大原女」のモ
デルとされています。 第三代の建礼門院徳子(平
清盛息女・高倉天皇中宮・安徳天皇母)は文治元
年(1185)年に入寺し真如覚比丘尼となりました。
源平の合戦に敗れ長門国壇ノ浦で滅亡した平家一
門と、我が子安徳天皇の菩提を弔い、終生をこの
地で過ごしました。現在の本堂の内陣や柱は鎌倉
様式、古代以来の様式を踏襲しており、外陣は慶
長8年(1603) に豊臣秀頼が修理させた桃山様式を
古代どおり忠実に復元したものです。のどかな田
園風景を歩いて行くとやがて木々が茂る静寂な所
にでます。土産屋が立ち並ぶ道を少し歩くと、庵
風の間口の狭い寂光院に着きます。この入口から
山門までの参道は紅葉の木々が並び、秋には絶好
の写真スポットとなります。 (緑の紅葉も良いも
のです)
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