県 大阪
朱印シュイン番号バンゴウ A74/G09
寺 社 名 住吉大社
ベツショウ etc  
トコロ ザイ 大阪市住吉区住吉2-9-89
      
サン オガ H29.01.28
      
オモな札所 神仏霊場巡拝の道42番 
   
   
主 祭 神 底筒男命・中筒男命・表筒男命・神功皇后
特記トッキ事項ジコウ
  南海本線の住吉大社駅からすぐ東の所にあり
ます。当本宮の由緒によると、住吉大社の祭神
は、伊弉諾尊が禊祓を行われた際に海中より出
現した底筒男命・中筒男命・表筒男命の三神
(この三神を総称して住吉大神といいます)、
そして当社鎮斎の神功皇后を祭神としています。
仁徳天皇の住吉津の開港以来、遣隋使・遣唐使
に代表される航海の守護神として崇敬をあつめ、
また、王朝時代には和歌・文学の神として、あ
るいは現実に姿を現される神としての信仰もあ
り、禊祓・産業・貿易・外交の祖神と仰がれて
います。住吉大社は、第十四代仲哀天皇の后で
ある神功皇后の新羅遠征(三韓遠征)と深い関わ
りがあります。神功皇后は、住吉大神の加護を
得て強大な新羅を平定せられ無事帰還を果たさ
れます。この凱旋の途中、住吉大神の神託によ
って現在の住吉の地に鎮斎されました。のちに
神功皇后も併せ祀られ、住吉四社大明神として
称えられ、延喜の制では名神大社、二十二社の
一社、摂津国一之宮、官幣大社に列せられてい
ます。地元では「すみよっさん」と呼ばれ、正
月三が日の初詣参拝客数は 毎年200万人を超え
ます。大阪では一番人気の高い神社です。全国
約二千三百社余の住吉神社の総本宮で、創建は
1800年前になります。本殿は第1本宮~第4本
宮の4つの本宮があります。4つの本宮の屋根は
桧皮葺ですべて国宝となっています。又、20を
超える摂社・末社があり、大小 630余の石燈籠
があります。又、本殿手前には、朱色の反橋が
あり、地元では『たいこ橋』として親しまれて
います。  6月には、境内にある御田(神田)で盛
大に田植えを催す神事(御田植神事)がありま
す。又7月の末には大阪最後の夏祭りを飾る
『住吉祭り』も盛大に行われます。
       
 
<楠珺社>

 

 

表参道と社号標 石 灯 篭
 
 入口横には、いきなり見上げるほどの大きな燈籠があります

表参道の西大鳥居 反 橋 (太鼓橋)
   

北絵馬殿 南絵馬殿
   

 

絵馬堂の絵馬 絵馬堂の絵馬
 能楽の絵馬がかかっています    謡曲の絵馬がかかっています

反橋(太鼓橋) 反橋(太鼓橋)
 反橋の東側からの撮影です
反橋の西側からの撮影です

反橋の北側石橋からの撮影です
か住吉大社を象徴する橋です。現在の橋は昭和のものですが、石造りの脚・梁の部分は慶長年間のものだそうです

反橋の南側石橋からの撮影です

 

由 緒 板 境内案内板
 

手水舎 (正面鳥居前) 住吉鳥居(正面)


 
前の石の鳥居は柱が円柱ではなく、四角柱になっており、角鳥居(住吉鳥居)とも呼ばれています。
又、その後ろの朱色の門は幸壽門です

幸 禄 門 受付・授与所
 

第一本殿 (国宝) 第二本殿 (国宝)

正面鳥居をくぐって一番奥が第一本殿です
 
第一本殿の前に第二本殿があります

第三本殿 (国宝) 第四本殿 (国宝)

第二本殿の前の左側に第三本殿があります
 
第二本殿の前の右側に第四本殿があります

第三本殿(後方) 第四本殿(後方)
 

 神 楽 殿 神楽殿と祓殿(右)
     

楯の御社 の御社
   

  神  井  
 
第四本殿前に神井があり、汲み上げられた水は、元旦の早朝におこなう「若水の儀」と6月の「御田植神事」のときに入れられる水に使用するそうです

翡翠の撫で兎 翡翠の撫で兎
当社の鎮座が辛卯年卯月卯日(卯=兎)に因み、
兎は神様のお使いとされています
(第四本殿前)

おもと社 北瑞籬
  この門をくぐると南珺社(はったつさん)の方に行きます

御 文 庫 大神宮(伊勢神宮遥拝所)

書物を収めるために創建されたもので、施主は大坂を中心にして、京や江戸の書籍商たちだったそうです
 

古 燈 籠 古 燈 籠

古くなった燈籠が格納されているようです
 

南 高 蔵     (重文) 北 高 蔵     (重文)
かつては神宝を保管していましたが、現在は祭具を収蔵しているそうです。

 

楠 高 社   夫 婦 楠
   

 

拝   殿
 
  住吉大社の末社でその境内の東側に位置しています。
初辰まいりの中心的な神社で「はったつさん」と親しまれ、古くより商いを営む方から篤い信仰を受けています。
ここには樹齢千年を超える楠があり、江戸時代、人々は楠の神秘的な霊力に祈りを捧げていました。その後、根元に設けられた祠に神様をお祀りするようになったといわれています。参拝の際、招福猫を受けて祈願し、これを48ヶ月間(4年間)続けると「始終発達」(しじゅうはったつ=四十八辰)の福が授かるとして日本全国より崇敬を集めています。招き猫は、左手は人招き右手は金招きといわれ、奇数月は左手、偶数月は右手を求める慣習があります。境内には、社の名のとおり1000年を超える大きな楠木が多くあります。はったつさんは4社あり、下記の順にお参りすると良いようです。
  種貸社→楠珺社→浅沢社→大歳社
 

 s
拝 殿 内 社  殿
 
 招 福 猫    神符・招福猫所
 

 

立 聞 社 貴 船 社
 

千 年 楠  東 小 門
 

  生田南水の句碑  
     

五所御前(五大力のパワースポット) 若宮八幡宮

当社が鎮座の際、最初にお祀りされた場所と伝えられる神聖な場所です。『五』『大』『力』と書かれた石を拾い御守にすると願い事が叶うという信仰があります。
 


 古燈籠(南中門横)       南瑞籬
 

  石舞台と重文の石碑  
   

 

石舞台(重文) 石舞台(重文)

北側からの石舞台、向うは南門です


南側からの石舞台、向うは南中門です

石舞台から見た斎館 南  門 (重文)
 

東   門 東門近くの手水舎
 

右:八所社 左:新宮社 今 主 社
 

斯 主 社 薄 墨 社
 

招 魂 社 (重文) 五   社
 

后 土 社 星 の 宮
     

  の宮の手水舎  
   

石 鳥 居 石 鳥 居

種貸社の鳥居です
 
児安社と海士子社の鳥居です
手 水 舎 参   道
受   付 拝   殿
 
拝 殿 横  
 
見えにくいですが奥には女神像が安置されています
児安社と海士子社

種貸社の横に児安社と海士子社があります
   

大海神社南小門 志賀神社
 

大海神社玉の井 大海神社幣殿(重文)
 

大海神社中門 大海神社石鳥居
 

  大海神社北小門  
     

御  田 御  田
御田植え神事が行われる田です。

歌や舞を演じ、華やかで盛大な行事が行なわれます。他にはない壮麗な祭りとして、1979(昭和54)年に国の重要無形民俗文化財にも指定されました。

市戎社・大国社 五 月 殿
 
五月殿の向うが御田になっており、神事はここで行われます

神   館 船玉神社
 

龍   社 南手水社
 

   参  道     

 
左;幸壽門・反り橋 右:幸福門 への参道です
 

幸壽門・反り橋への参道 幸 福 門

南~北に続く美しい石畳の参道です
 

参   道     誕 生 石

 上記写真の反対側の北~南に続く美しい石畳の参道です
 
源頼朝の寵愛を受けた丹後局 がここで出産した場所と伝えられ、その子が薩摩藩「島津氏」の始祖・島津忠久公です。
ここの小石を御守にすると安産になるそうです


祈 祷 殿  
   

車お祓い所 社 務 所
 

吉 祥 殿     神馬舎(白雪号)
 

 

  北大鳥居  
   

 

境内には大小630基余りの燈籠があります、中には、
8mを超える大きなものも多くあります