府 県 |
兵庫 |
朱印番号 |
A73 |
寺
社 名 |
湊川神社 |
別称 etc |
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所
在
地 |
神戸市中央区多聞通三丁目1番1号 |
山
号 |
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参
拝 日 |
H29.01.23 |
宗
派 |
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主な札所 |
神仏霊場巡拝の道70番 |
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主 祭
神 |
楠木正成 |
特記事項 |
神戸高速線の高速神戸駅から北へすぐ (JR神戸線
の神戸駅からは北西に300m)の所にあります。 神社
の略記によると、楠木正成は、1331年に後醍醐天皇
の命を受け、鎌倉倒幕の兵を挙げ、幕府の大軍と戦
いました。奇策智謀に優れて、遂に鎌倉幕府を崩壊
に導き、「建武中興」に大きな功績を立てました。
しかし、まもなく足利尊氏が背き、一度は九州へ敗
走しましたが、再び勢力を盛り返して京都に攻め上
ってきました。正成は子供の正行に後事を託して、
桜井(現在大阪府島本町桜井)で別れ、兵庫湊川で
迎撃しました。敵は数万、味方は七百余騎、激戦の
末敗れ、1336年に、弟正季以下一族の人々と共に亡
くなりました。以来、地元の人々は、この正成を慕
い、正成の塚(墓所)を大切に守ってきました。そ
の後、豊臣秀吉検地の際には、免租地とされ、江戸
時代には摂津尼崎藩主青山幸利公によって五輪の石
塔も建てられました。 1692年には水戸光圀によっ
て、大楠公墓碑「嗚呼忠臣楠子之墓」が建立され、
明治元年には明治天皇は、大楠公の忠義を後世に伝
えるため、神社創祀の御沙汰書を下し、明治五年に
社名を「湊川神社」とし、初めての別格官幣社に列
せられ、ここに湊川神社が創建されました。現在も
忠誠と正義を以て生涯を貫かれた大楠公の盛徳を慕
う多くの人々が全国から参拝に訪れる日本有数の名
社とされています。
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