和歌山
朱印シュイン番号バンゴウ A64/N32
寺 社 名 金剛宝寺護国院
ベツショウ etc 紀三井寺
トコロ ザイ 和歌山市紀三井寺1201
     紀三井山
サン オガ H28.12.03
宗   派 救世観音宗
オモな札所 西国三十三所第2番
   
   
ホン ソン 十一面観音
特記トッキ事項ジコウ
 JR紀勢本線の紀三井寺駅から北東に900mの所に
あります。拝観資料によると、紀三井寺は、今か
ら1240年年近く昔(宝亀770年)、唐僧・為光上人によって開基されました。為光上人は、仏教の志篤く、身の危険もいとわず、波荒き東シナ海を渡って唐(今の中国)より到来しました。そして諸国を巡り、上人がたまたまこの名草山の麓に宿した折、山の頂上付近が白く光っているのを不思議に思って上がってみると、金色に輝く千手観音と出会いました。この地が、仏縁深き霊場と悟られた上人は、自ら一刀三礼のもとに十一面観音様の尊像を彫られて、これを草庵に安置し、この紀三井寺を開創されました。正式な寺名は「紀三井山金剛宝寺護国院」ですが、山内から湧き出す三つ霊泉(清浄水・楊柳水・吉祥水)から「紀三井寺」という名前で親しまれてきました。ご本尊の十一面観音は、厄除・開運・良縁成就・子授け商売繁盛など諸々の心願を叶える霊験あらたかな観音様として、また西国三十三所観音巡礼第二番の札所として、参詣者が絶えることがありません。
紀三井寺の楼門をくぐると、ここから参拝者泣かせの231段の急な石段が待っています。この坂は江戸時代の豪商・紀ノ国屋文左衛門の結婚と出世のきっかけになった坂で、『結縁坂』いいます
。又紀三井寺の境内には 約500本の桜の木が植えられていて、早咲き桜の名所として有名です。

 

<御詠歌>
 
 
       

 <拝観券>  <拝観資料> 



 
           
楼門前の参道   楼  門 (重文)
   
仁 王 像 (吽形) 仁 王 像 (阿形)
 
普 門 院(七鈴観音堂)   穀 屋 寺

桜門を入ってすぐ左側に塔頭(普門院)があります。

桜門を入ってすぐ右側に穀屋寺があります
結 縁 坂   結 縁 坂

桜門をくぐると、急勾配の231段の石段が続きます。この石段は結縁坂と呼ばれ、坂(階段)が5つあります。3つ目から「厄除け坂」と呼ばれ、女厄33段・男厄42段・還暦厄60段です。

5つの階段の最初の階段です

龍 本 院   結縁坂横にある三井水

最初の階段を登ると、平地の休息地になっています。
参道左側には龍本院があります。
御詠歌の御朱印はここで戴きました



芭蕉の句碑
又、参道右側には紀三井寺の名の起こりである
三井水の一つ「清浄水」の湧水があります。
又その横に、芭蕉の句碑があります。











 
結 縁 坂  


ここから2つ目の登り階段です。(先はマダマダです)

三 井 水   結 縁 坂

2つ目の階段を登った所に、又平地があり、
この左側にも三井水がありました。


3つ目登り階段。ここから女厄除坂が33段続きます。
マダマダ先は長い!
女厄除坂の穴熊    

女厄除坂を登っていると『穴熊』がいました。
この寺に住み着いているとのことです
宝 蔵 院   松 樹 院

女厄除坂の階段を登った所が、又平地で休息地になって
います。参道左側に宝蔵院があり、厄除け十一面観音と
一願不動明王が祀られています。
参道右側には松樹院(身代わり大師)があります

結 縁 坂   結 縁 坂

ここから4つ目の階段、男厄除坂42段が続きます
 
ここから5つ目の階段、還暦厄除坂60段が続きます
(もう一息です)

  結 縁 坂


やっと全石段を登って、下の石段を眺めました
 

六 角 堂   新 仏 殿

階段を登りきった正面にあります

木造大千手十一面観世音菩薩像が安置されています

鐘  楼 (重文)   幸福観音像

大 師 堂   ごくらく橋

橋の向こうには如意輪観音像が見えます

本   堂   本   堂

多宝塔への参道階段   多 宝 塔 (重文)
   

開 山 堂   多 宝 塔  (重文)

  多宝塔から見た紅葉越しの本堂  
   

手 水 舎   善 寿 院

 大楠龍王 龍神仏殿からの和歌の浦方面