府 県 |
大阪 |
朱印番号 |
A38 |
寺 社 名 |
勝尾寺 |
別称
etc |
弥勒寺 |
所 在
地 |
大阪府箕面市粟生間谷2914-1 |
山 号 |
応頂山 |
参 拝 日 |
H27.11.03 |
宗 派 |
高野山真言宗 |
主な札所 |
西国三十三所23番 |
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神仏霊場巡拝の道 第65番 |
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法然上人二十五霊場6番 |
ご 本 尊 |
十一面千手観世音菩薩 |
特記事項 |
阪急箕面線の箕面駅から北北東に 7.6kmの所に
あります (北千里駅・千里中央駅からバスが出て
いますが、平日3本・土日6本と少ないので注意が
必要)。 拝観資料の由来によると、当山は大阪平
野の真北にそびえ数千年の昔より山自体の持つ霊
力によって無類の聖地として崇拝されていました
。神亀4年(727)に善仲・善算両上人が山中に草庵
を構え、光仁帝皇子開城(桓武天皇異母兄)が、両
上人を師として仏界を求め、天平神護元年(765)
に彌勒寺を開創しました。「妙観」と言う観音化
身の比丘と18人の仏師が白檀香木をもって、身丈
八尺の十一面千手観音菩薩を彫刻し本尊としまし
た。全国観音縁日が18日と定まるは当山本尊よ
り始まりました。第六大座主行巡上人は清和帝の
玉体安穏を祈って効験を示した事より、王に勝つ
寺「勝王寺」の寺名を賜わりましたが、寺側は王
を尾の字に控え、以来「勝尾寺」と号しました。
元暦元年(1184)源平内乱の戦火に焼失した堂塔も
源 頼朝によって再建され以後、勝尾寺は名将軍
より壮大なる荘園の寄贈をうけ、広く百済(韓国)
国王も帰依するに至り、法灯が脈々と現在に伝え
られています。立派な山門をくぐると、約26万㎡
ある広大な境内が広がり、秋には紅葉の名所とし
て多くの人で賑わいます。西国三十三所観音霊場
にもなっています。又、『勝運の寺』『勝ちダル
マ』の寺とも言われていて、境内の至る所にダル
マが奉納されています。少し足を伸ばすと、近く
には箕面の滝があり、秋には絶好の行楽地になり
ます。
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