府  県 奈良
朱印シュイン番号バンゴウ A37/Q44
寺 社 名 飛鳥寺
ベツショウ etc 法興寺・元元興寺
トコロ ザイ 奈良県高市郡明日香村飛鳥682
山   号 鳥形山
サンオガ H27.09.23
宗  派 真言宗豊山派
オモな札所  新西国三十三箇所9番 
  聖徳太子霊跡11番
   
本 尊ミコト 釈迦如来<飛鳥大仏>(重文)
特記トッキ事項ジコウ
  近鉄橿原神宮前駅から東へ 2.8km(岡寺前
行バスで飛鳥大仏駅下車) の所にあります。
崇峻天皇元年(588)蘇我馬子が創立した
日本最初の本格的寺院であり、寺名を法興寺、
元興寺、法満寺、飛鳥寺(現在は安居院)とも
呼ばれました。 (法興・元興は共に日本で最
初に仏教が興隆したという意味) 創建時の寺
は塔を中心に東西と北にそれぞれ金堂を配置
した日本最初の本格的な寺院で、その外側に
回廊をめぐらし更に講堂を含む壮大な伽藍で
した。本尊の飛鳥大仏(釈迦如来坐像)は推古
天皇17年(609)に天皇が詔して鞍作鳥仏師
(止利仏師)に造らせた日本最古の仏像です。
高さは約3mで、当時銅15トン、黄金30kgを用
いて造られた。旧伽藍は仁和3年(887)と建久
7年(1196)の火災により焼失し、室町以降は
荒廃しましたが、 寛永9年(1632)と文政9年
(1826)に再建され今日に至っています。現在
は真言宗豊山派に属し、新西国第9番、聖徳
太子第11番の霊場になっています。
本堂に入ると飛鳥大仏と呼ばれている釈迦如
来坐像があり、
住職の方の寺院や仏像にまつ
わる軽妙なお話を聞くことができます。
          
 


<飛鳥大佛>  <止利佛師 丈六釈迦> 
         

 

 <拝観資料>  
         

住職記による縁起・案内板 山   門
   

石  碑 庫  裏

正門をくぐると、すぐ右に石碑があります。
江戸時代の儒学者・佐藤一斎の「言志四録」という語録の
一節で、「春風以接人 秋霜以持己」と刻まれています。
飛鳥寺長老 雨宝書となっています。




拝観受付 略縁起板

 

  本   堂  
   

  鐘    楼
思 惟 殿














 



案内板には昭和の名鐘と記載されています

安江不空の歌碑 安江不空の歌碑
   
 土筆つみ 飛鳥の野に・・・・(読めそうで読めません)

万葉歌碑 万葉歌碑近くの説明板
   

郵便ポスト 万 葉 池

万葉池の端に郵便ポストがありました
 

飛鳥大仏
(重文)

鞍作の止利仏師が作った重文の仏像にも拘わらず珍しく撮影がOKでした。
見る角度によって表情の印象が微妙に変わるらしく、向って左側はやさしい慈悲の表情を、そして向って右側はちょっと厳しい怒りの表情にも見えます。

木造阿弥陀如来坐像 木造聖徳太子孝養像

弓場汰有の句碑 塔心礎中心

昭和初期の俳人、弓場汰有の句碑です。
「飛鳥なる 花の夜明を 見そなわす」。


蘇我馬子が建立した飛鳥寺は、塔を中心として東・西・北の三方に金堂を配置した壮大な寺院で、塔はこの位置の地か3mのところにあったようです。

伽藍復元図 本堂廊下の鐘
 

本堂内の庭 本堂内の庭
 

 

地 蔵 堂 西   門

 

西門付近からの西方の風景 蘇我入鹿首塚

田園地帯の向うに甘樫丘が見えます
写真中心部分に蘇我入鹿首塚があります



西内から西へ約80mほどのところに立つ五輪塔です。大化の改新時に、中大兄皇子らに暗殺された蘇我入鹿の首がここまで飛んできた。また、襲ってきた首を供養するためにここに埋めたともいわれています。

 

西門を出た所からの飛鳥寺  飛鳥寺の旧西門跡