府    県 大阪
朱印シュイン番号バンゴウ A23/R05
寺 社 名 大念仏寺
ベツショウ etc  
大阪市平野区平野上町1-7
山  号 大源山
サンオガ H27.05.10
宗  派 融通念仏宗 
オモな札所  神仏霊場巡拝の道 第46
  河内西国三十三箇所特別客番
  おおさか十三仏霊場10番
ミコト 十一尊天得如来 
特記トッキ事項ジコウ
  JR関西本線の平野駅から南へ600mの所にあ
ります。大源山諸仏護念院大念仏寺と号し、
俗に亀鉦寺とも称されています。融通念仏宗
の総本山です。当寺のはじまりは、坂上氏の
菩提所修楽寺の別院でしたが、大治2年
(1127)に開祖・聖応大師(良忍上人)が鳥羽
上皇の勅願によって新しく一寺を建立された
ものです。 第7世法明上人は大いに寺門を
興しましたが、千早赤坂の戦・大阪の陣等の
兵火に遭い堂宇・什宝等を失いました。その
後、第36世道和上人がこれを再興し、第43世
舜空上人は願を発して寛文7年(1667)に方20
間の大堂を建立しました。さらに、元禄年間
に地元徳田家より第46代大通上人が出るに及
んで、諸堂を建立し什宝を整備し、一山の法
儀用具を完備し、広大で壮麗な美しさを極め
るに至りました。しかし、明治31年出火し、
大堂以下多数の堂宇を失ない、現在の大堂は
昭和13年第59世戒全大僧正のとき竣工したも
のです。 文化財としては、国宝「毛詩鄭箋
残巻」・重要文化財「融通念仏縁起」等が保
存されています。総本山ということもあり、
大阪市内では珍しく大規模なお寺で、多くの
立派な伽藍があります。中でも本堂は、大阪
府下で最大の木造建築だそうです。又、鐘楼
は江戸時代の名鐘の一つで非常に立派なもの
です。
    
 
 

 

<天得如来>   <阿弥陀如来>         
         
<拝観資料>  

 
 
   
<拝観資料> 

 
 

         

 

 寺号標と山門       山   門
 

 

 由 緒 板       境内案内図
 

 

山門前の句碑 句碑の説明碑

一茶が寛政七年に大念佛寺に訪れた時に読んだ句です。
『春風や 順禮ともか ねり供養』
 
俳句と署名は小林一茶の真筆と刻まれています

 

  手 水 舎   
   

 

本      堂   本     堂
 

 

本      堂    本      堂
昭和13年に竣工した総欅造り、銅板葺で、(南北)39.1メートル、(東西)49.8メートルの大阪府下最大の木造建築です。
とにかく大きく重量感・重厚感があります。

 

本堂廊下   本堂廊下からの境内


 

 

 円 通 殿     地 蔵 堂

伝教大師作と伝えられる聖観音立像が祀られ、左右には大通上人が募った日月祠堂位牌を安置されています。
 

 

 経  堂    宝 物 館
 

 

楽邦殿(納骨堂) 鐘   楼

 

 鐘   楼    鐘楼説明板

鐘は文化3年(1806)に改鋳された名鐘で、従一位右大臣藤原家孝公の銘文があるそうですが、どこか良く分かりませんでした。

 

  龍 王 殿     
   

 

霊 明 殿     霊 明 殿
 

 

白 雲 閣     瑞 祥 閣


 
百畳敷きの大書院で、門の瓦は尺八の形を
模しているそうです。

 

  宗 務 所   
 
 

 

 毘沙門堂   梁  松  院

天治2年(1125)に、元祖の聖應大師(良忍上人)が創建したと伝えられています。現在の堂は寛政11年(1799)第四十九世堯海上人の再建だそうです。
 

 

 南   門    南門前からの土塀

元古河藩の陣屋門で、明治の廃藩後、平野小学校で表門に使用され、昭和37年に移築されたそうです。