奈良
朱印シュイン番号バンゴウ A22/Q43
寺 社 名 橘寺
ベツショウ etc 宮皇院菩提寺
トコロ ザイ 奈良県高市郡明日香村大字橘
     仏頭山 
サン オガ H27.05.03
宗   派 天台宗 
オモな札所 新西国33箇所10番
  聖徳太子霊跡第8番
   
ホン ソン 聖徳太子 
特記トッキ事項ジコウ
 近鉄の飛鳥駅から2km東の所にあります。
(飛鳥駅・橿原神宮前駅から周遊バスの川
原で降りるとすぐ)。拝観資料によると、
橘寺は聖徳太子の誕生の地と伝わり、当時
ここには橘の宮という欽明天皇の別宮があ
りました。推古天皇14年(606)に聖徳太子
はこの地で勝鬘経を3日間にわたり講経す
るしました。その時、大きな蓮の花が庭に
降り積もり(蓮華塚)、南の山に千の仏頭が
現れ光明を放ち(仏頭山)、太子の冠から日
月星のの光が輝き(三光石)など色々な不思
議なことが起こり、驚いた推古天皇は、太
子に寺院の建立を命じた。そこで御殿を改
造して造られたのが橘寺の始まりで、聖徳
太子創建七ヵ大寺(*)の一つに数えられてい
ます。当時伽藍は広大な境内地の中には金
堂、講堂、5重塔など66棟の堂宇が立ち
並んでいました。田園風景の中に佇む静か
な美しいお寺です。現在、法隆寺にある
『玉虫厨子』も当初は橘寺にあったそうで
す。境内にはあちこちで橘の木に実がなり
又、酔芙蓉がたくさん咲いていました。
(*)法隆寺・広隆寺・法起寺・四天王寺
・中宮寺・橘寺・葛木寺
     


<聖徳殿>  <太子誕生所> 
           

<拝観券>    <拝観資料>         


 
 
 
       

東門入口 東   門
 

本    坊  鐘    楼
 

 

   境内参道  
   

 

手 水 舎  本堂(太子堂)



  。創建当時は講堂でしたが、現在のものは元治元年(1864)に再建されたものです。ご本尊は室町時代に作られた「聖徳太子勝鬘経講讃像〔重文〕」です。

  本堂廊下からの境内  
 

 

講 堂 跡   黒 駒 像  
 
聖徳太子は愛馬・黒駒に乗って各地に説法に行ったと書かれています 

 

護 摩 堂 経   堂 
     

写 経 塔 親鸞聖人像
 

 護 摩 堂  観 音 堂
     
ご本尊の六臂如意輪観音像〔重文〕が安置されています。

  橘と観音堂  
 
橘寺だけにあちこちに橘の木があります
 

 水  神 放生池

放生池の中央には石橋がかかり、向うには水神の祠が見えます
 
水神の前に架かる石橋から見た放生池です。
向うには往生院が見えます。

二 面 石 会津八一の歌碑
 本堂の左にある飛鳥時代の石造物で、高さ約1メートルほどの石造物で、左右に善相と悪相が彫られていて、人の心の善悪二面性を表現しているそうです。  
「くろこまの あさのあかきに ふませたる をかのくさねと なづさひぞこし」と刻まれています。聖徳太子が愛馬・黒駒に乗ってこのあたりをかけた時の歌のようです。

三 光 石 阿 字 池
 聖徳太子が勝鬘経を講讃した時、日・月・星の光を放った書かれています。    

金 堂 跡 回 廊 跡
   

中 門 跡 往生院・収聖蔵殿への参道
     

往 生 院 天 井 絵

著名な画家たちから奉納された260点の花の絵が天上画として飾られていま
 

収聖蔵殿(収蔵庫) 万葉歌碑



 
『橘の寺の長屋に吾率寝(わがゐね)し
童女放髪(うなゐはなり)は髪上げつらむか』と刻まれています

西  門 西 門(内側から)
   

  『聖徳太子御誕生所』の石碑