大阪
朱印シュイン番号バンゴウ A09/H19/Q13/Q14
寺 社 名 観心寺
ベツショウ etc  
トコロ ザイ 大阪府河内長野市寺元475 
     檜尾山
サン オガ H26.12.06
宗   派 高野山真言宗遺跡本山
オモな札所 新西国33箇所客番
  関西花の寺25霊場25番
  神仏霊場巡拝の道 第56番
ホン ソン 如意輪観音(国宝) 
特記トッキ事項ジコウ  
 南海高野線・近鉄長野線の河内長野駅から南東
へ3.3kmの所にあります(河内長野駅から南海バス
で観心寺で下車しすぐ)。 拝観資料によると、観
心寺は、 文武天皇の大宝元年(701年)、役小角に
よって開かれ、初めは雲心寺とよばれていました
。その後、 大同三年(808年)に弘法大師空海が当
寺を訪ねた時、境内に北斗七星を勧請され、弘仁
六年(815年) 衆生の除厄のために本尊如意輪観音
菩薩を自ら刻み、寺号を観心寺と改称しました。
その後、弘法大師は当寺を道興大師実恵にまかせ
ました。実恵は淳和天皇から伽藍建立を拝命して
その弟子真紹とともに 天長四年(827年)より造営
工事に着手しました。その後、真言密教の修行寺
院、歴代天皇の祈願所として発展しました。又、
南北朝時代には後醍醐天皇後は楠木正成を奉行と
して金堂を造営しました。当寺には多くの貴重な
文化財があり、金堂や日本史の教科書にも登場す
る如意輪観音坐像などの国宝や書院・建掛塔・訶
梨帝母天堂・恩賜講堂・金銅釈迦如来・観音菩薩
などの重文等々、非常に多くの国宝や重文があり
日本でも有数の文化財保有の寺院です。又、関西
花の寺としても有名で、特に、梅と紅葉は有名で
す。又、近くには紅葉で有名な延命寺もあり、合
わせて参拝すると、絶好の秋のハイキングコース
になります。
    
 

<如意宝殿> <道中地蔵> <如意宝殿>    <大日如来胎蔵> 

 
     

<拝観資料> 
     

 

楠木正成の銅像 山 門 前
   
 


楠公学問所中院の山門 楠公学問所中院の石碑 楠公学問所中院
   
 楠木正成が8歳から15歳までの間の学問所とされています

お地蔵さん 手 水 舎
中院山門横にお地蔵さんがあります  

鎮守堂拝殿 拝殿前の橋

鎮守堂の拝殿です


  訶梨帝母天堂(重文)     
 
お寺の鎮守堂になっています。小さい祠ですが重文となっています
 

金  堂 (国宝)  金  堂 (国宝)   
 

弘法大師礼拝石     金堂西側  
     

 授与所・納経所       星  塚
   弘法大師が如意輪観音の周りに配置したとされる北斗七星の塚だそうです。各塚には密教の経典から由来する「貪狼星・巨門星・禄存星・文曲星・廉貞星・武曲星・破軍星」と言う名前がそれぞれに付けられていて。ここは禄存星と書かれています。

建 掛 塔(重文)

1502年に再建されたもので、初代は南北朝時代に、観心寺と関係の深い楠木正成の祈願により建設が開始されました。当初は三重塔として建設されていましたが、湊川の戦い(1336年)で正成が討死しため、一層目だけを残してその上は建てられなかったとされています。重文に指定されています。
 

星   塚        星   塚
  破軍星と書かれています  

鐘   堂  弁 天 堂

拝殿と阿弥陀堂 阿弥陀堂
     

御 影 堂  修行大師像
 

「四国八十八ヶ所霊場お砂踏み道場」の碑 行 者 堂

 

後村上天皇桧尾陵への参道の石碑 後村上天皇桧尾陵への参道
 

 開山堂(本願堂)   開山堂(本願堂) 
     

 

楠木正成首塚 歌  碑
   
 石碑には詠楠木正成卿歌短謌と刻まれています
その次に和歌の様な文字が細かく
刻まれていますが一寸読めません

道興太師御御廟 忠 魂 塔 
   

牛 滝 堂     霊 宝 館
 
国宝の秘仏・如意輪観音こそありませんでしたが、地蔵菩薩・弥勒菩薩等多くの重文の仏像を見ることができました。

恩賜講堂への参道 恩賜講堂(重文)
 

境内の紅葉     境内の紅葉

後村上天皇御旧跡     境内参道葉
 

  本 坊 門     
 
本坊の庫裏で創作精進料理を戴けるようです(要予約)。観心寺の庫裏は、観心寺の子院、槙本院の台所として江戸時代初期、約400年前に建てられたそうです。