奈良
朱印シュイン番号バンゴウ A02/A12/K27/K28
寺 社 名 興福寺
ベツショウ etc  
トコロ ザイ 奈良県奈良市登大路町48番地
     なし
サン オガ H26.10.09
宗   派 法相宗 
オモな札所 神仏霊場巡拝の道16番
  南都七大寺2番
  西国三十三所9番(南円堂)
ホン ソン 釈迦如来
特記トッキ事項ジコウ
 近鉄奈良線の奈良駅から東へ 800mの所(JR奈良
駅からは1.4km)の所にあります。法相宗の大本山
として知られ、その前身は飛鳥の「厩坂寺」であ
り、さらに遡ると天智朝の山背国「山階寺」が起
源となります。 その山階寺は、669年に藤原鎌足
が重い病気を患った際に、夫人である鏡女王が夫
の回復を祈願して、釈迦三尊、四天王などの諸仏
を安置するために造営したものと伝えられており
この名称は後世においても興福寺の別称として使
われています。その後、 672年の壬申の乱の後、
飛鳥に都が戻った際に山階寺も移建され、その地
名を取って厩坂寺とされました。更に平城遷都の
際、 710年に藤原不比等の計画によって移される
とともに、『興福寺』と名付けられました。
南都七大寺(*)の一つになっています。東金堂・
五重塔・北円堂・三重塔等の建造物、阿修羅像・
木造弥勒仏坐像・木造十二神将立像等の仏像など
日本史の教科書で見る多くの国宝がまるで博物館
のように一堂に会しています。又、興福寺には金
堂がかっては 3つありましたが現在は東金堂のみ
で、中金堂は現在再建中です。境内のこれらの伽
藍は拝観自由になっています。
(*)東大寺・西大寺・興福寺・薬師寺・元興寺・
    大安寺・薬師寺・法隆寺
    

<今興福力>  <南円堂> <東金堂>

       

<中金堂> <拝観券>     
 


 



   

  <拝観資料>             
       

 猿沢池からの興福寺   本   坊

猿沢池から見る興福寺の五重塔はいかにも『いにしえの奈良』
という感じがします。勝手は興福寺の放生池だったそうです。
  興福寺の東にあり、結構大きな建物ですが、
つい見逃しそうな場所にあります。

 

     
 

(国 宝)
 
  天平2年(730)に光明皇后の発願で建立されました。その後、5回の焼失を経て現在の塔は応永33年(1426)に再建され、日本で2番目に高い塔です  

東 金 堂 (国宝)   国 宝 館   

神亀3年(726)に聖武天皇の発願により建立されました。その後再度の被災で、再建を繰り返し、現在は応永22年(1415)に再建されたものです。
 
食堂が建てられていた場所に耐火式宝物収蔵庫として建てられ、本尊千手観音菩薩立像、阿修羅像などの乾漆八部衆像や乾漆十大弟子像、木造金剛力士像、木造天燈鬼・龍燈鬼像などの国宝や多くの国宝・重文が収蔵されています。

 

回 廊 跡 中金堂平成再建工事(平成30年予定)
 

中金堂(平成30年再建落慶) 中 金 堂
   

仮 講 堂 北 円 堂 (国宝)




 
   
非常に美しい八角円堂で、興福寺を創建した藤原不比等の1周忌の養老5年(721)に元明・元正天皇が長屋王に命じて建てさせたものです。治承4年(1180)に被災後、承元4年(1210)頃に再建されました

南円堂前の階段 南 円 堂 (重文)
 
 「西国三十三所」の第九番札所として人々の参拝が多いお堂です。

 

手 水 舎 不 動 堂   
   

 

鐘   楼 鐘   楼
   

授 与 所      一言観音堂
     

 

   摩利支天石
   

 



(国 宝)